【閉店の真相】2023年12月17日までの経緯と木村沙織カフェ閉店理由
Sunny Thirty Two Clubの閉店は、突然決まったものではありませんでした。
最初に閉店予定が公表されたのは2023年1月。そこから約11か月の営業期間を経て、同年12月17日に最終営業日を迎えています。
2023年1月に閉店を発表

2023年1月6日、木村さんは自身のInstagramを更新し、夫婦で運営してきたSunny Thirty Two Clubを年内で終了すると報告しました。
投稿では、2019年から始まった店舗をその年いっぱいで終えることと、残された期間もカフェやアパレルの企画を楽しんでもらいたいという趣旨を伝えていました。
閉店の理由についても、大阪を離れるためと説明しています。
この発表の2日前となる1月4日には、第1子の妊娠を公表していました。すでに妊娠9か月に入っていたことも報道されています。
日高裕次郎さんが取材で説明した閉店理由
2023年7月、NEWSポストセブンの取材では、夫の日高裕次郎さんが閉店について説明しています。
その内容は、子育てに伴って引っ越すことになり、夫婦で大阪を離れるために店舗を閉めるというものでした。
また、店舗自体は営業を続けようと思えば続けられるという趣旨の説明もしています。
ここから読み取れるのは、店舗の営業継続が不可能になったというよりも、家族の生活拠点を変更することを優先した決断だったということです。
最終営業日は12月17日!1,000人以上が来店
2023年12月17日、Sunny Thirty Two Clubは最終営業日を迎えました。
店舗公式Instagramの投稿内容を報じた日刊スポーツやスポニチによると、当日は朝8時から来店客が並び、1,000人を超える人々が訪れたといいます。
最終日に用意されていたのは、スープカレーやハンバーガー、焼き菓子、アパレル商品など。
来店客全員にすべての商品を提供することはできなかったものの、店舗側は多くの人に見送られながら最終日を終えたことへの感謝を伝えていました。
12月21日には木村さんも閉店後の店内の様子をSNSで報告。店内の設備が撤去されていく様子を紹介し、4年間の営業に区切りをつけました。
木村沙織カフェの開店から閉店までの関係者・時系列一覧
| 時期・人物 | 関係・出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 2016年12月31日 | 木村沙織・日高裕次郎 | 結婚を発表 |
| 2017年3月 | 木村沙織 | バレーボール現役引退 |
| 2019年10月 | Sunny Thirty Two Club | 大阪市西区北堀江で開店 |
| 2023年1月6日 | 木村沙織 | 年内閉店を公表 |
| 2023年2月28日 | 木村沙織・日高裕次郎 | 第1子となる男児が誕生 |
| 2023年7月 | 日高裕次郎 | 子育てに伴う引っ越しと大阪を離れることを説明 |
| 2023年12月17日 | Sunny Thirty Two Club | 最終営業日。1,000人超が来店 |
| 2024年2月 | 木村沙織一家 | 関東への拠点変更を報道 |
| 2024年12月 | 木村沙織 | インタビューで閉店と関東への転居を振り返る |
| 2026年11月 | 旧店舗 | 営業終了済み |
この時系列から分かるのは、閉店発表から最終営業日まで十分な準備期間が設けられていたことです。
突然の営業停止や経営破綻を理由とする閉店ではなく、家族のライフステージに合わせた店舗の終了だったという点が大きな特徴です。
【夫婦の現在】木村沙織と日高裕次郎は大阪を離れて何をしている?
Sunny Thirty Two Clubの閉店後に気になるのが、木村さんと夫の日高さんの現在です。
夫婦は2016年12月に結婚を発表し、2019年から大阪でカフェを共同経営してきました。
木村沙織さんはカフェ経営をどう振り返っている?
2024年12月26日公開の「STORY」のインタビューは、カフェの開店理由と閉店後の心境を知るうえで重要な資料です。
木村さんによると、カフェを持つことは現役引退前からの夢でした。
ただ、最初から飲食店経営の経験があったわけではありません。
本人は、それまでアルバイトの経験もなかったため、まずイベントで飲み物を販売するブースに立つなどして勉強したと話しています。
その後、2019年に夫婦で大阪にカフェを開店しました。
特に印象的なのは、単に自分の店を持ちたかっただけではなかったという点です。
木村さんには、バレーボール仲間が集まれる場所を作りたいという思いもありました。実際に大阪在住の仲間や、出張で大阪を訪れた友人たちが店に来てくれたことをうれしく感じていたそうです。
コロナ禍で苦労した時期もありましたが、スイーツ作りやオリジナルグッズの販売など、競技生活とは違う経験を積んだと振り返っています。
関東への引っ越しと子育て
木村さんは2023年2月28日に第1子となる男児を出産しています。
2024年2月には、日刊スポーツが家族で関東地方に生活拠点を移す予定であることを報道しました。
その後、同年12月の「STORY」のインタビューでは、実際に関東へ引っ越したことを本人が説明しています。
本人の話によると、子どもができたら子育てのことも考えて関東に戻りたいという思いが以前からあったとのこと。
カフェについては続けたかったという気持ちも明かしています。
この発言は、閉店が本人にとって必ずしも望んでいた形だけではなかったことを示しています。
一方で、子どもを育てる環境を優先するという判断には、夫婦の生活設計が反映されています。
日高裕次郎さんとの共同経営が意味したもの
日高裕次郎さんも元バレーボール選手で、ビーチバレー選手としての経歴を持つ人物です。
夫婦はともに競技スポーツの経験者であり、現役引退後に飲食店という新しい分野へ挑戦しました。
このカフェは、木村さん個人のブランドだけで成り立つ店舗ではなく、夫婦で運営する場所としてスタートしたものです。
木村さんがスイーツ作りやアパレルなどに取り組み、日高さんも経営に携わるという形で、二人の挑戦が重なっていました。
閉店後も夫婦の関係や家族生活に変化があったという離婚報道などは確認されていません。公表されている情報からは、子育てを中心とした生活への移行が読み取れます。
【プロの結論】閉店は失敗ではなく、ライフステージに合わせた選択
Sunny Thirty Two Clubの4年間を振り返ると、3つのポイントが見えてきます。
1. 夢の実現: 現役引退後に、自分の店を持ちたいという長年の希望を形にした。
2. 地域との交流: バレーボール仲間や大阪の人々が集まれる場所を作った。
3. 家族生活の優先: 子どもの誕生を機に、生活拠点を関東に移す選択をした。
飲食店の評価は、売上や口コミだけで判断できるものではありません。経営者が何を実現したかったのか、どのような生活を望んでいるのかも、事業を続けるかどうかを決める要素です。
木村さんの場合、本人がインタビューでカフェを続けたかったと話していることからも、閉店を単純に事業上の失敗と結びつけるのは適切ではありません。
【FAQ】木村沙織のカフェに関するよくある質問
Q1:木村沙織さんのカフェは2026年現在も営業していますか?
A1:いいえ。Sunny Thirty Two Clubは2023年12月17日に閉店しています。2026年11月現在、旧店舗の営業再開は確認できません。
Q2:木村沙織さんのカフェの閉店理由は何ですか?
A2:大阪を離れて関東に引っ越すためです。夫の日高裕次郎さんは、子育てに伴う転居を理由として説明しています。木村さん本人も、子育てを考えて関東に戻りたいと思っていたと2024年のインタビューで明かしています。
Q3:木村沙織さんのカフェの最終営業日はいつですか?
A3:2023年12月17日です。当日は朝8時から行列ができ、1,000人を超える来店客が訪れました。
まとめ:木村沙織カフェは閉店、夫婦は新しい生活へ
木村沙織さんと日高裕次郎さんが大阪で営んでいたSunny Thirty Two Clubは、2023年12月17日に約4年間の営業を終了しました。
2019年10月の開店から、カフェやバー、焼き菓子、アパレルなどを通じて独自の店舗づくりを続けてきたお店です。
閉店理由は大阪を離れて関東へ引っ越すためであり、子育てを優先する夫婦の判断が背景にありました。
2026年現在、旧店舗は営業していません。今後のカフェ再開についても、具体的な公表情報は確認できません。
今回の経緯を理解するうえで大切なのは、次の3点です。
- 店舗の現状: Sunny Thirty Two Clubは閉店済み。
- 閉店の背景: 口コミの評価ではなく、家族の転居と子育てが公表された理由。
- 木村さんの現在: 関東を生活拠点とし、子育てや仕事など新しい生活を送っている。
バレーボール日本代表として長く活躍した木村沙織さんが、引退後に挑戦したカフェ経営。その4年間は、競技生活とは異なる夢を実現した時間でもありました。
Sunny Thirty Two Clubはなくなりましたが、夫婦が大阪で作り上げた場所と、そこに集まった人々の思い出は残っています。
主な情報源:スポニチ、日刊スポーツ、NEWSポストセブン、STORY、CHANTO WEB、食べログの公開情報・インタビュー・店舗記録。