【引退後の転身】早稲田大学大学院で学んだ安治川親方の新しい指導哲学
安美錦の引退後の歩みで特徴的なのが、相撲部屋の指導者になるだけでなく、大学院で専門的な研究に取り組んだことです。
2021年に早稲田大学大学院へ進学

安美錦は2019年の引退後、2021年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士課程に進学しました。1年間の研究を経て、2022年に修了しています。
早稲田大学競技スポーツセンターが2024年9月に掲載したインタビューによると、提出した修士論文のテーマは「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」でした。
この研究テーマは興味深いものです。相撲部屋は、一般的なスポーツチームとは異なり、力士が共同生活を送りながら稽古に励む独特の環境です。師匠だけでなく、おかみさんをはじめとする周囲の人々が生活面を支えることで、力士が競技に集中できる環境が整います。
22年以上にわたって力士生活を送った安美錦が、引退後に相撲部屋の運営や支援体制を研究対象にしたことには、実体験を次世代に生かそうとする姿勢が表れています。
大学院での学びを部屋の運営に生かす
安治川部屋の公式ホームページでは、親方自身が引退後に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で学んだことに触れています。そして、23年間の力士経験と大学院で得た学びを、指導者・経営者として部屋のために生かす考えを示しています。
「これまでの伝統を重んじ、さらに新しい考えを柔軟に取り入れ」
安治川部屋公式ホームページの師匠あいさつより。
ここで注目したいのは、伝統と新しい考え方を対立させていない点です。相撲の技術や礼儀を継承しながら、力士の生活環境や学びの機会にも目を向ける。安治川親方が目指す部屋づくりの方向性が見えてきます。
また、早稲田大学では2024年7月に卒業生の相撲関係者による「稲門相撲會」が設立され、安治川親方が会長に就任しました。大学とのつながりを相撲界に還元する活動にも取り組んでいます。
【安青錦との関係】安治川親方の指導と2026年の部屋の成長
2026年の安治川部屋を象徴する力士が、大関・安青錦新大です。ウクライナ出身の安青錦は、安治川親方が師匠を務める部屋で成長し、2026年に大関へ昇進しました。
安青錦はなぜ安治川部屋に入門した?
安青錦は2004年3月23日生まれ。ウクライナのヴィンニツャ出身で、7歳から相撲を始めました。2022年春から関西で稽古を重ね、同年12月に安治川部屋の研修生となり、2023年9月場所に初土俵を踏んでいます。
2026年2月6日の日刊スポーツの報道では、安治川親方がテレビ番組で安青錦の入門時を振り返っています。当初は部屋の外国出身力士と日本出身力士の人数バランスを考え、入門を断ろうと思っていたそうです。
しかし、実際に本人と会って話すうちに考えが変わりました。日本語が十分でない時期にも、一生懸命に自分の思いを伝えようとする姿勢に心を動かされたといいます。
2026年、大関・安青錦が誕生
安青錦は2025年11月の九州場所で初優勝を果たし、2026年1月場所に新大関となりました。日本相撲協会の公式プロフィールでは、2026年9月場所から再び大関に在位しており、11月場所の番付でも安治川部屋所属の大関として掲載されています。
師匠の安治川親方にとって、部屋を代表する力士が最高位に近い地位まで昇進したことは、指導者としての大きな節目です。
2026年10月、安青錦への具体的な稽古指導も報道
2026年10月28日の報道では、九州場所に向けて調整する安青錦に対し、安治川親方が鉄アレイを両手に持ったすり足を指導したことが紹介されました。
安青錦は同日、福岡県久留米市の部屋で若い力士を相手に14番の稽古を行い、調整を進めていました。春場所で負傷した左足の不調が長引いていたなか、九州場所に向けて稽古を積み直していた時期です。
このエピソードは、安美錦が単に部屋の運営を管理する立場ではなく、土俵で培った経験を弟子の身体づくりや稽古方法に生かしていることを示しています。
ただし、安青錦の大関昇進を師匠一人の功績として説明するのは正確ではありません。本人の努力、これまでの競技経験、部屋の稽古環境など、複数の要素が重なった結果です。師匠の役割は、その力を発揮できる環境を整え、成長を支えることにあります。
【プロの結論】安美錦の本当の功績は現役時代と指導者時代をつなぐ力にある
安美錦の実績を評価するとき、907勝という勝ち星だけを取り上げると、その本質を見落とします。
特筆すべきなのは、次の三つの経験を一人の力士が積み重ねてきたことです。
第一に、技巧派力士としての実績。関脇まで昇進し、三賞12回、金星8個を獲得しました。相手の力を利用する技術を武器に、横綱や大関が並ぶ上位陣と長年対戦してきました。
第二に、けがからの復活。右膝の重傷や左アキレス腱断裂を経験しながら、39歳で幕内に再入幕しました。年齢を重ねた力士が大けがから番付を戻すことの難しさを、実績で示した存在です。
第三に、指導者としての学び直し。引退後に大学院で研究し、相撲部屋の運営や支援体制について考察しました。現役時代の経験だけに頼らず、学問的な視点を取り入れたことは、指導者としての独自性につながっています。
特に重要なのは、関取在位117場所という記録の意味です。これは単に長く現役を続けたという話ではありません。十両以上の地位を維持し、負傷による番付下降を経験しても再び関取に戻ってきたという、競技者としての持続力を示しています。
2026年には安青錦が大関となり、安治川部屋の存在感も高まっています。現役時代に自分自身が経験した苦労を、次世代の力士の育成にどう還元していくのか。今後の安治川親方を評価するうえでは、部屋の成績だけでなく、弟子が長く相撲を続けられる環境をつくれているかという視点も欠かせません。
【安美錦関の現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:安美錦関は2026年現在、何をしていますか?
安美錦関は現役を引退しており、現在は安治川親方として安治川部屋の師匠を務めています。東京都江東区を拠点に、安青錦ら所属力士の育成や部屋の運営に携わっています。
Q2:安美錦関の最高位は何ですか?
最高位は関脇です。2007年に自己最高位へ昇進しました。横綱・貴乃花、朝青龍、白鵬などから金星を獲得し、三賞は合計12回受賞しています。
Q3:安美錦関の引退理由は何ですか?
2019年7月場所2日目、竜虎との取組で古傷の右膝を負傷して休場したことが直接のきっかけです。次の場所で幕下への陥落が確実となり、40歳で引退を決断しました。
Q4:安美錦関の生涯戦歴と関取在位は?
日本相撲協会の公式記録では、生涯戦歴は907勝908敗55休、通算135場所です。関取在位は117場所で、引退時点では魁皇と並ぶ歴代1位タイの記録でした。
Q5:安美錦関は早稲田大学の大学院を卒業していますか?
はい。2019年の引退後、2021年に早稲田大学大学院スポーツ科学研究科の修士課程に進学し、2022年に修了しています。修士論文のテーマは「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」でした。
Q6:安美錦関と安青錦はどのような関係ですか?
安美錦関は安治川親方として安青錦の師匠を務めています。安青錦は安治川部屋に所属し、2026年に大関へ昇進しました。稽古や身体づくりについても親方の指導が報道されています。
まとめ:安美錦関は現役の記録を次世代の育成につなぐ安治川親方
安美錦関は2019年7月場所で引退しましたが、相撲界での活動は終わっていません。2026年現在は安治川親方として安治川部屋を率い、後進の育成に取り組んでいます。
現役時代の最高位は関脇。生涯戦歴907勝908敗55休、三賞12回、金星8個、関取在位117場所という記録は、技巧と粘り強さを兼ね備えた力士だったことを物語っています。
2016年のアキレス腱断裂からの復帰、2017年の最年長再入幕、2019年の引退。そして早稲田大学大学院での研究を経て、2026年には安青錦を大関に育てる立場となりました。
安美錦の歩みを理解するうえで大切なのは、現役時代の成績と引退後の活動を切り離さないことです。自らがけがと向き合い、長く土俵に立ち続けた経験を、今度は弟子たちの未来に生かしている。その変化こそが、安治川親方の現在を知る最大のポイントです。
2026年以降も、安治川部屋の成長と安青錦をはじめとする所属力士の活躍を通じて、安治川親方がどのような相撲界の未来を築いていくのか注目されます。
主な参考資料:日本相撲協会「安美錦・安治川竜児プロフィール」「安治川部屋紹介」、安治川部屋公式ホームページ、早稲田大学競技スポーツセンター、日刊スポーツ、デイリースポーツ、文藝春秋PLUS。