【2026年最新】上重聡の現在は?テレビ出演や講演活動を調査

目次

2026年11月1日現在、上重聡さんはフリーアナウンサーとして活動を続けています。最近の出演情報を見ると、テレビのレギュラー番組を持つというより、ゲスト出演やスポーツ関連の仕事、イベントへの登壇などを組み合わせた働き方が中心です。

2026年の主な出演・活動実績

アナウンサー上重聡

特に注目したいのが、2026年に入ってからのテレビ出演と講演活動です。

1. 2026年10月16日:TOKYO MX『5時に夢中!』

上重さんは10月16日放送の『5時に夢中!』にゲスト出演しました。

番組では、横浜高校の織田翔希投手が米国での挑戦を希望したことについてコメント。高校野球の経験者として、選手本人の人生設計を尊重する見解を示しました。

自身も高校時代に甲子園を経験し、大学野球を経てアナウンサーになった人物だけに、野球選手の進路に関する発言には本人の経験が反映されています。

2. 2026年8月:上重聡トークショー

8月13日には、大阪の毎日新聞ビル・オーバルホールで開催するトークショーが告知されました。

イベントのテーマは「あの舞台の裏側とその先へ」。

PL学園時代の甲子園での経験や、松坂大輔さんとの延長17回の試合、アナウンサーとして歩んできた道などを題材にした企画です。

テレビでは伝えきれない経験を講演・トークイベントという形で届ける活動は、フリー転身後の仕事の幅を示しています。

3. 2026年10月27日:厚生労働省関連の就職支援イベント

東京労働局の委託事業「令和8年度中高年世代活躍応援プロジェクト」では、10月27日に新宿文化センターで開催されたイベントの基調講演者として上重さんが掲載されました。

イベントのテーマは「これからの働き方を考える、自分らしい一歩のふみだし方」です。

スポーツ経験やテレビ局での勤務経験、独立後のキャリアを持つ上重さんが、働き方や挑戦をテーマにしたイベントに起用されている点は興味深いところです。

『5時に夢中!』と『ぽかぽか』への出演状況


2024年4月5日にフリー転身後初のテレビ出演を果たした番組。2025年4月18日、2026年5月8日、10月16日にもゲスト出演が報じられています。


2026年2月11日に生出演。フリーアナウンサー軍団の一員として常識王決定戦に参加し、自身の仕事状況についても話題になりました。

2026年2月の『ぽかぽか』では、上重さんについて「レギュラー0本」と紹介されました。

ハライチの岩井勇気さんからも、フリー転身後に出演した際と状況が変わっていないことを突っ込まれ、上重さんは「まもなくつきます」と新たなレギュラー獲得への意欲を見せています。

ここで注意したいのは、ゲスト出演とレギュラー出演は別物だという点です。

テレビに出演しているからといって、毎週決まった番組を担当しているわけではありません。2026年2月時点のレギュラー0本という情報は、フリー転身後の働き方を理解するうえで重要です。

【退社理由を検証】上重聡はなぜ21年間勤めた日本テレビを辞めた?

上重聡さんが日本テレビを退社したのは、2024年3月31日です。

2003年の入社から約21年間、アナウンサーとして勤務したテレビ局を離れる決断でした。

退社発表は2024年1月22日。日本テレビを通じて本人のコメントが公表され、翌23日には日刊スポーツなどが全文を報じています。

本人が明かした退社理由は「新たな挑戦」

上重さんは退社に際し、日本テレビで経験した仕事への感謝を述べたうえで、次のように説明しました。

「厳しい道ではあるが、人生後悔しないように、チャレンジしたい」

これは、メジャーリーグに挑戦する野球選手の言葉を自分自身にも問いかけたものです。

さらに、退社後についても、もう一度自分自身に負荷をかけ、さまざまなことに挑戦したいという意向を示しました。

このコメントから読み取れるのは、単に勤務先を変えたいという話ではなく、安定した会社員という立場を離れ、自分の力で仕事を獲得する環境に身を置きたいという考えです。

日本テレビの石澤顕社長も、上重さんの退社に際してコメントを発表しています。

スポーツ中継では「エース級の人」と評価し、本人が自分をより厳しい環境に置いて挑戦したいと考えていることを説明しました。

つまり、少なくとも公表された退社理由は、本人が望んだキャリア上の挑戦だったと整理できます。

2015年の報道が退社理由だったのか?

上重さんについて検索すると、2015年に報じられたスポンサー企業関係者との金銭的な問題を目にすることがあります。

この件と2024年の退社を混同しないことが大切です。

2015年4月、週刊文春の報道をきっかけに、スポンサー企業の元会長からマンション購入資金として無利息で1億7,000万円を借りたことなどが問題視されました。

これに対し、上重さんは当時、個人的な交友関係であり、会社や仕事について特別な便宜を受けたことはないと説明。視聴者に対しても謝罪しました。

日本テレビの社長は同年4月、上重さんに口頭で注意したことを明らかにしています。

その後、2024年の退社発表に際して、本人は新たな挑戦を決断の理由として説明しました。

したがって、2015年の報道を2024年の退社の直接的な原因と断定することはできません。

過去の出来事と退社時に公表された本人の説明は、分けて理解する必要があります。

【フリー転身後の仕事】上重聡のテレビ出演・スポーツ実況・講演活動

日本テレビを退社した上重さんは、フリーアナウンサーとして活動を開始しました。

ただし、フリー転身直後から仕事が順調に入っていたわけではありません。

事務所に所属せず個人で活動を開始

2024年6月に出演した『ダウンタウンDX』では、当時の仕事状況について率直に語っています。

上重さんは、事務所に所属せず、マネジャーもいない状態で自分自身が仕事を管理していると説明しました。

また、退社後の5月について「ほぼゴールデンウイーク」と表現するほど、仕事が少なかったことも明かしています。

当時、主な収入源として挙げていたのが、日本テレビ時代から出演していた『シューイチ』のロケでした。

約1カ月半に1回という頻度で出演を続けていたといいます。

会社員時代のように毎週決まった仕事があるわけではなく、出演機会を自分で広げなければならない状況だったのです。

フリー転身後に広がった仕事

その後は、テレビ出演だけでなく、スポーツ関連の仕事や講演会にも活動範囲を広げています。

仕事の種類 主な内容 特徴
テレビ出演 『5時に夢中!』『ぽかぽか』など ゲスト・コメンテーター
スポーツ関連 野球関連の仕事、実況など 野球経験と実況技術を活用
YouTube 上原浩治さん関連の動画など スポーツファンとの接点
講演会 野球経験、アナウンサー経験 学校・企業・団体向け
イベント司会 スポーツイベント、各種催事 進行・トーク力を活用
トークショー 甲子園や人生の転機など 自身の経験を直接伝える

2025年4月の『5時に夢中!』出演時には、メジャーリーグの実況や、上原浩治さんのYouTubeでのレギュラー出演などが仕事として紹介されました。

特に、野球経験とアナウンサー経験を組み合わせられる点は、上重さんならではの強みです。

単なるテレビタレントではなく、競技経験を持つスポーツ系の話し手として仕事を展開できることが、フリー転身後の特徴になっています。

講演活動では何を話している?

講演活動では、主に次のようなテーマを扱っています。

- PL学園での高校野球経験
- 松坂大輔さんとの甲子園での対戦
- 立教大学での野球経験
- アナウンサーとしての仕事とスポーツ実況
- 挑戦や挫折から学んだこと
- コミュニケーションや人材育成

講演講師の紹介を行うブレーンでも、上重さんはスポーツ・文化分野の講師として紹介されています。

講演テーマには「効果的なコミュニケーションのコツ」「地域を元気にするスポーツのチカラ!」などがあります。

また、2026年のトークショーでも甲子園での経験や、その後の人生について語る企画が告知されました。

テレビでは短いコメントや限られた時間の出演が中心になる一方、講演会では自分自身の経験をまとまった時間で伝えられます。

この違いは、フリーアナウンサーとしての仕事の幅を考えるうえで見逃せません。

【年収を公開】上重聡はフリー転身後にいくら稼いでいる?

上重聡さんのフリー転身後の年収は、検索需要の高いテーマの一つです。

実は本人がテレビ番組で収入について具体的な数字を明かしたことがあります。

ただし、月収と年収は別の数字です。公表された情報を時系列で整理すると、収入の変化が分かります。

2024年7月に明かした仕事のギャラ

2024年7月21日放送の日本テレビ系『行列のできる相談所』では、フリー転身後の収入についてかなり踏み込んだ話がありました。

番組では、みなみかわさんが上重さんの仕事や収入について取材しています。

本人が明かした内容は次のとおりです。

収入源 本人が明かした金額・実績
YouTube出演 1本約3万~5万円
YouTube出演本数 4月以降、約20本
YouTube出演収入の試算 約60万~100万円
講演会 1回約30万~50万円
講演会の実績 6本
講演会収入の試算 約180万~300万円
2024年6月の月収 約250万円

これらは番組内で本人が明かした数字をもとにしたものです。

特に注目されるのは、2024年6月の月収として250万円を公表したことです。

フリー転身直後には仕事が少なかったと語っていた上重さんですが、仕事が集中した月には大きな収入を得ていたことが分かります。

ただし、これは年間を通じた平均収入ではありません。

2025年には会社員時代の年収を超えたと告白

2025年4月18日放送のTOKYO MX『5時に夢中!』では、フリー転身から約1年を迎えた上重さんが、会社員時代との年収比較について話しました。

日本テレビ時代の年収に対して、本人は「若干超えたぐらい」と説明しています。

この発言から、少なくとも2024年度から2025年にかけて、フリーとしての収入が一定の水準に達していたことが分かります。

また、講演会については収入源の大きな部分を占めると説明していました。

新人研修などの仕事も行っていたことが紹介されており、テレビ以外の仕事が収入を支えていたようです。

上重聡の現在の年収はいくら?

ここで注意したいのは、2025年に公表したのは日本テレビ時代との比較であり、具体的な年収額ではないということです。

2024年6月の月収250万円を12倍して、年収3,000万円と判断することもできません。

フリーアナウンサーの収入には、次のような変動要素があります。

- テレビ出演の本数と出演料
- スポーツ実況や関連業務の依頼数
- 講演会の開催回数
- YouTubeなどの出演案件
- 交通費や仕事に必要な経費
- 税金や社会保険料

さらに、個人で仕事を管理する場合は、会社員時代とは経費や契約形態も異なります。

したがって、2026年現在の正確な年収は公表された情報からは判断できません。

現時点で分かるのは、2025年に会社員時代の年収を若干上回ったと本人が話したこと、そして2024年には月収250万円という好調な月があったことです。

【経歴・プロフィール】PL学園から立教大学、日テレの看板アナウンサーへ

上重聡さんのキャリアを理解するには、アナウンサーになる前の野球人生を知る必要があります。

彼の経歴は、単に高校野球経験者というだけではありません。甲子園での実績に加え、東京六大学野球でも歴史に残る記録を達成しています。

上重聡のプロフィール

項目 詳細
名前 上重聡(かみしげ・さとし)
生年月日 1980年5月2日
年齢 46歳(2026年11月現在)
出身地 大阪府八尾市
出身高校 PL学園高校
出身大学 立教大学コミュニティ福祉学部
職業 フリーアナウンサー
日本テレビ入社 2003年
日本テレビ退社 2024年3月31日
主な特技 野球、料理、ゴルフ

上記は本人の公式プロフィールを中心に整理した情報です。

PL学園時代:松坂大輔との延長17回の激闘

上重さんは高校野球の名門、PL学園に進学しました。

高校時代には3度の甲子園出場を経験しています。

- 第78回全国高等学校野球選手権大会:ベスト16
- 第70回選抜高等学校野球大会:ベスト4
- 第80回全国高等学校野球選手権大会:ベスト8

なかでも広く知られているのが、1998年夏の甲子園です。

当時、上重さんが所属するPL学園は、松坂大輔さんを擁する横浜高校と対戦しました。

試合は延長17回までもつれ込む激闘となり、現在も高校野球の名勝負として語られています。

この試合で上重さんは、全国的に注目される選手の一人となりました。

立教大学時代:東京六大学野球で完全試合

高校卒業後は立教大学へ進学し、硬式野球部で投手としてプレーしました。

特筆すべき記録が、2000年10月22日の東京大学戦で達成した完全試合です。

立教大学の公式スポーツ記事「立教スポーツ」によると、上重さんはこの試合を87球で投げ切り、東京六大学野球史上2人目、36年ぶりとなる完全試合を達成しました。

完全試合とは、相手チームの打者を一人も出塁させずに試合を終える記録です。

大学野球の歴史に残る実績であり、上重さんの野球人生を語るうえで欠かせません。

日本テレビ時代:看板番組とスポーツ実況で活躍

2003年、日本テレビに入社した上重さんは、スポーツ中継と情報番組の双方で活躍しました。

特に知られているのが『ズームイン!!サタデー』です。

5代目総合司会を務め、当時は「エース上重」の愛称でも親しまれました。

そのほかにも『スッキリ』のMCや『シューイチ』のニュース・スポーツキャスターなどを担当しています。

スポーツ実況では、プロ野球、日本シリーズ、箱根駅伝、北京オリンピックなど幅広い競技を経験しました。

本人の公式プロフィールには、2023年の巨人開幕戦や2019年・2020年の日本シリーズ実況なども記載されています。

上重聡の主なキャリア年表

時期 出来事・実績 意味・関連人物 1980年 大阪府八尾市に誕生 野球を始める 高校時代 PL学園で甲子園に3度出場 1998年に松坂大輔と対戦 2000年 立教大学で完全試合達成 東京六大学野球史上2人目 2003年 日本テレビ入社 アナウンサーとして活動開始 日本テレビ時代 『ズームイン!!サタデー』『スッキリ』『シューイチ』などを担当 スポーツ・情報番組で活躍 2024年3月31日 日本テレビ退社 21年間の会社員生活に区切り 2024年4月以降 フリーアナウンサーに転身 テレビ・講演・スポーツ関連の仕事 2025年 会社員時代を上回る年収と告白 講演会などが収入の柱 2026年 テレビ出演・トークショー・講演活動 新たなレギュラー獲得にも意欲

この年表から分かるのは、上重さんのキャリアが野球、スポーツ実況、情報番組、そしてフリーランスへと連続していることです。

野球選手としての経験がアナウンサーとしての専門性につながり、その専門性が現在の講演やスポーツ関連の仕事にも生かされています。

【プロの結論】上重聡のフリー転身は成功?現在の立ち位置と今後の可能性

上重さんのフリー転身を評価するとき、テレビのレギュラー番組の数だけを見るのは適切ではありません。

フリーアナウンサーの仕事は、局アナ時代と異なり、テレビ局の番組編成だけでなく、講演会、イベント、スポーツ中継、企業研修など複数の市場に広がるからです。

フリー転身後の成功をどう評価するか

上重さんの場合、少なくとも3つの評価軸があります。

1. 収入面では一定の成果を上げている

2025年4月には、日本テレビ時代の年収を若干上回ったと本人が発言しています。

フリー転身後に仕事が少ない時期を経験しながら、講演やスポーツ関連の仕事を組み合わせて収入を確保した点は注目できます。

2. 野球という専門分野を持っている

PL学園での甲子園出場、立教大学での完全試合、スポーツ実況という経歴は、ほかのアナウンサーとの差別化につながります。

特に高校野球やプロ野球を題材とした講演では、実際に競技を経験した人ならではの話ができます。

3. テレビのレギュラー番組は今後の課題

一方、2026年2月の『ぽかぽか』ではレギュラー0本と紹介されていました。

ゲストとしてテレビに出演することと、番組の固定レギュラーになることには大きな違いがあります。

本人もレギュラー獲得への意欲を示しており、テレビでの継続的なポジションが今後の課題と考えられます。

上重聡の今後に期待される3つの方向性

- スポーツキャスターへの回帰: 野球経験と実況技術を生かし、野球関連の番組や中継で存在感を高める。
- 情報番組のコメンテーター: 『5時に夢中!』などで見せるトーク力を生かし、出演機会を広げる。
- 講演・教育分野への展開: 甲子園や大学野球の経験を、若い世代や企業の人材育成に役立てる。

特に講演活動は、すでに収入源の大きな部分を占めると本人が話しているため、今後も重要な仕事になる可能性があります。

上重聡の情報を調べる際に押さえたい判断基準

調べたい内容 確認すべきポイント
現在の仕事 実際の出演日と番組内での役割
レギュラー番組 ゲスト出演ではなく継続的な担当か
年収 本人が公表した年収か、単月の収入か
講演活動 開催告知と実際の登壇実績の違い
退社理由 本人の発表と第三者の推測を区別する

この判断基準を押さえておけば、テレビ出演が増えたというニュースだけで、仕事全体の状況を誤解することも少なくなります。

【上重聡の現在】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:上重聡は2026年現在、何をしていますか?

A1:フリーアナウンサーとして活動しています。2026年10月にはTOKYO MX『5時に夢中!』にゲスト出演し、10月27日には東京労働局の委託事業による就職支援イベントの基調講演者として案内されました。テレビ出演やスポーツ関連の仕事、講演活動などが主な活動領域です。

Q2:上重聡はなぜ日本テレビを退社したのですか?

A2:本人は2024年1月の退社発表で、人生に後悔を残さないために新たな挑戦をしたいという思いを説明しました。2003年から21年間勤務した日本テレビを2024年3月31日に退社しています。

Q3:上重聡の現在のレギュラー番組は何ですか?

A3:2026年2月の『ぽかぽか』出演時には、レギュラー番組は0本と紹介されました。『5時に夢中!』などへの出演実績はありますが、ゲスト出演とレギュラー出演は区別する必要があります。

Q4:上重聡のフリー転身後の年収はいくらですか?

A4:正確な年収額は公表されていません。2025年4月には、日本テレビ時代の年収を若干上回ったと本人が説明しています。また、2024年6月の月収は250万円と明かしています。

Q5:上重聡はPL学園出身ですか?

A5:はい。PL学園高校出身で、甲子園には3度出場しています。1998年夏には松坂大輔さんが所属する横浜高校と延長17回の試合を戦いました。

Q6:上重聡は立教大学で完全試合を達成したのですか?

A6:はい。2000年10月22日の東京大学戦で完全試合を達成しました。東京六大学野球史上2人目、36年ぶりの記録で、87球で試合を終えています。

まとめ:上重聡はフリーアナウンサーとして新たなキャリアを構築中

上重聡さんは、2024年3月末に21年間勤めた日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとして新たな道を歩み始めました。

2026年11月現在までの活動を整理すると、次のようになります。

- テレビでは『5時に夢中!』『ぽかぽか』などにゲスト出演。
- 2026年にはスポーツ関連のコメントやトークショー、講演活動も展開。
- 2025年には会社員時代の年収を若干上回ったと本人が告白。
- 2026年2月時点ではテレビのレギュラー番組は0本と紹介されていた。
- PL学園での甲子園経験と立教大学での完全試合という実績が、現在の仕事にも生かされている。

上重さんのキャリアを振り返ると、甲子園球児、大学野球の記録保持者、日本テレビのスポーツアナウンサーという経験が、現在のフリー活動の土台になっています。

フリー転身後は、テレビのレギュラー番組を獲得するという課題を抱える一方、講演会やスポーツ関連の仕事では着実に活動の幅を広げています。

上重聡さんの現在は、テレビ局を離れて仕事がなくなったという単純なものではありません。局アナ時代に培った経験を、テレビ・スポーツ・講演という複数の分野で生かすキャリアへの転換期にあります。

今後、テレビのレギュラー番組を獲得するのか、それともスポーツや講演を中心とした独自の活動スタイルを確立するのか。フリーアナウンサーとしての次の展開にも注目が集まります。