【まず整理】平野歩夢・英樹・海祝は誰?三兄弟の家族構成と年齢差

目次

平野家は男三兄弟。歩夢は次男にあたる

ハーフパイプ平野兄弟

平野三兄弟の構成は次のとおりです。

- 長男:平野英樹(プロスノーボーダー)
- 次男:平野歩夢(スノーボード・スケートボード選手)
- 三男:平野海祝(プロスノーボーダー)

父親は平野英功(ひでのり)さん。母親を含めた両親と三兄弟という家族構成です。

ここで間違えやすいのが、平野英樹と平野英功の違いです。

英樹は歩夢の兄、英功は三兄弟の父親です。名前が似ているため、検索時に混同されることがあります。

2026年時点の年齢と年齢差

人物 家族内の立場 生年月日・年齢
平野英樹 長男 2026年4月時点で30歳
平野歩夢 次男 1998年11月29日生まれ・27歳
平野海祝 三男 2002年10月14日生まれ・24歳

歩夢と海祝の年齢差は、誕生日から計算すると約3年10か月です。

英樹については、2026年4月15日の日刊スポーツの報道で30歳と紹介されています。同記事では歩夢27歳、海祝23歳とされ、三兄弟がそろってトークイベントに出演したことも伝えられました。

三兄弟の関係を象徴する「宇宙一決定戦」

2026年4月15日のトークイベントでは、幼少期の三兄弟の競争について興味深いエピソードが明かされました。

雪が降る寒い日も、三人は毎日のようにスケートボードで練習していました。誰が一番うまいかを競い合い、五輪を超えた「宇宙一決定戦」をしようと話していたといいます。

英樹は当時の練習について、毎日誰が1位になるかを決めるのが楽しかったと振り返っています。

歩夢も兄について、次のように語っています。

ひたすら僕はついていく側だった。背中を見て、先頭を突き進んでくれていたのが兄だった。

この言葉から見えてくるのは、歩夢が最初から一人でトップ選手への道を歩んできたわけではないということです。

幼い頃から先を走る兄の姿を見て、弟たちも技術を磨いてきました。三兄弟にとって競争は、互いを高める日常の一部だったのです。

【生い立ち】新潟県村上市で育った三兄弟と父・平野英功の支援

父親はサーフィン好き。子どもたちのボード競技を後押し

三兄弟の競技人生を語るうえで欠かせないのが、父・英功さんの存在です。

英功さん自身、もともとサーフィンに強い関心を持ち、サーフショップを経営するなど、ボードスポーツに深く関わっていました。

その影響もあり、息子たちは幼い頃からスケートボードに親しみ、やがてスノーボードにも取り組むようになります。

歩夢は4歳でスノーボードを始め、小学4年生の頃にはメーカーとのプロ契約を結ぶなど、早い段階から才能を示しました。

800万円をかけた練習施設の設立

特に注目したいのが、父親が地元に練習環境をつくったことです。

2018年の平昌五輪後、日刊スポーツに掲載された英功さんの手記によると、英功さんは村上市の老朽化した体育館を借りて改修し、日本海スケートパークを設立しました。

その際に負担した借金は約800万円。

当時は現在のように地方に充実したスケートボード施設が整っていたわけではありません。県外まで練習に出向くことが難しい家庭にとって、地元に練習場所を持つことには大きな意味がありました。

遠征では交通費や宿泊費を節約するため、息子たちと車中泊をすることもあったそうです。

また、父親自身のリフト代を節約するため、撮影をしながら雪山を歩いて登ったというエピソードも残っています。

父親がつくった環境が三兄弟の成長につながった

2019年には、村上市が整備した公共施設「村上市スケートパーク」(現・ブルボンスケートパーク村上)がオープンしました。

英功さんも施設のレイアウトなどに助言しています。

この環境づくりには、単に練習時間を増やす以上の意味がありました。

スケートボードとスノーボードは、どちらも重心移動やバランス感覚、空中での身体操作が重要な競技です。

幼少期から両方に触れていた三兄弟にとって、遊びの中で身体感覚を養えたことは、その後の競技力を支える要素になったと考えられます。

父親の支援は資金面だけではありません。練習場所を確保し、競技を続けられる環境そのものを整えたことが、平野家の大きな特徴です。

【競技歴・五輪成績】平野三兄弟の歩みを年表で比較

三兄弟は同じ環境で育ちましたが、競技での実績や進んだ道は異なります。

ここでは、主要な大会実績と競技上の転換点を整理します。

時期 選手 主な出来事・実績
幼少期 三兄弟 村上市でスケートボード、スノーボードに親しむ
12歳 英樹 最年少12歳でプロスノーボーダーに
2014年 歩夢 ソチ五輪男子HP銀メダル
2016年 歩夢 Winter X Games優勝
2018年 歩夢 平昌五輪男子HP銀メダル
2018年 海祝 世界ジュニア選手権3位
2020年 海祝 冬季ユース五輪男子HP銀メダル
2021年 歩夢 東京五輪スケートボード・パーク14位
2022年 歩夢 北京五輪男子HP金メダル
2022年 海祝 北京五輪男子HP9位、X Games銅メダル
2023年 海祝 全日本選手権ハーフパイプ2位
2026年2月 歩夢 ミラノ・コルティナ五輪7位
2026年3月 海祝 ハーフパイプ最高エア7.72mを記録
2026年10月 海祝 7.72mがギネス世界記録に認定

長男・平野英樹は三兄弟の競技の先駆者

英樹は、歩夢や海祝よりも先にプロスノーボーダーとして活動していました。

日本テレビが2022年に放送した「サンデーPUSHスポーツ」の特集では、英樹が当時最年少となる12歳でプロになったことが紹介されています。

歩夢が海外の大会に挑戦するようになる以前から、英樹はジュニア世代で注目されていました。

2011年には歩夢とともに海外メーカーの関係者と接する機会もあり、兄弟で競技の世界を経験していきました。

現在もプロスノーボーダーとして紹介されており、2026年4月には歩夢、海祝と三人でイベントに登場しています。

次男・平野歩夢は世界トップレベルへ

歩夢は、ソチ五輪で日本スノーボード界初の男子ハーフパイプ銀メダルを獲得しました。

その後も世界大会で結果を残し、2018年平昌五輪で2大会連続の銀メダルを獲得。

2021年には東京五輪のスケートボード・パークにも出場し、冬季競技と夏季競技の両方で五輪に挑む選手となりました。

そして2022年北京五輪では、男子ハーフパイプ決勝で96.00点を記録し、日本人初の同種目金メダルを獲得しています。

三男・平野海祝は高さを武器に世界へ

海祝は2014年ソチ五輪で兄・歩夢の活躍を見て、12歳でスノーボードの道を志しました。

2018年の世界ジュニア選手権3位、2020年の冬季ユース五輪銀メダルなど、ジュニア時代から実績を積み上げています。

2022年にはWinter X Gamesで銅メダルを獲得。北京五輪にも初出場しました。

特に注目されたのが、ハーフパイプの壁から飛び出す高さです。兄とは異なる個性を持つ選手として、世界のスノーボードファンに知られるようになりました。

【歩夢の2026年最新成績】ミラノ・コルティナ五輪7位の背景

平野歩夢の五輪歴代成績

歩夢の五輪成績を振り返ると、長年にわたって世界トップクラスで戦ってきたことが分かります。

大会 競技 成績
2014年ソチ スノーボードHP 銀メダル
2018年平昌 スノーボードHP 銀メダル
2020年東京 スケートボード・パーク 14位
2022年北京 スノーボードHP 金メダル
2026年ミラノ・コルティナ スノーボードHP 7位・86.50点

五輪のメダル獲得数は、金1個、銀2個です。

ソチからミラノ・コルティナまで4大会連続で冬季五輪に出場し、東京五輪も含めて計5大会を経験しています。

2026年大会直前に襲った大けが

ミラノ・コルティナ五輪で特に注目されたのが、歩夢の負傷からの復帰です。

2026年1月17日、スイスで開催されたワールドカップで激しく転倒。全日本スキー連盟は、複数箇所の骨折や打撲が確認されたと発表しました。

その後、2月の五輪本番まで十分な回復期間を確保できない状況が続きました。

本人も大会前の取材で、骨盤の右腸骨などの骨折を明かしています。

一時は五輪出場そのものが危ぶまれましたが、懸命な回復を経て本番の舞台に戻りました。

決勝では86.50点を記録して7位

2026年2月13日(日本時間14日)の男子ハーフパイプ決勝。

歩夢は1本目に転倒したものの、2本目では大技を成功させ、86.50点を記録しました。

最終順位は7位。北京五輪に続く連覇とメダル獲得はなりませんでしたが、負傷から復帰して決勝を滑り切ったことは大きな意味を持ちました。

競技後には「生きて戻ってこられてよかった」という趣旨の言葉を残し、けがを乗り越えた安堵を示しています。

この7位という結果だけを見て、歩夢の実力が低下したと判断するのは早計です。

北京五輪で金メダルを獲得した選手が、骨折という大きなハンディキャップを抱えながら再び五輪の決勝に立った。その背景まで含めて評価する必要があります。

【海祝の現在】北京五輪9位から2026年ギネス世界記録へ

北京五輪では9位。高さ7.4mのジャンプで注目

2022年北京五輪の男子ハーフパイプでは、海祝は75.50点で9位となりました。

メダルには届かなかったものの、世界を驚かせたのが1本目のジャンプです。

約7.4mという非常に高いエアを披露し、競技会場で大きな存在感を示しました。

2本目と3本目は転倒しましたが、本人は競技後、次のように語っています。

やりたいことはできた。すごく楽しいオリンピックになった。

さらに兄・歩夢の金メダルについても、幼い頃から努力する姿を見てきたと振り返り、心から祝福しました。

北京五輪後には、4年後に兄弟でメダルを獲得したいという目標も口にしています。

2026年ミラノ五輪には出場せず

海祝については、歩夢と同じ2026年のミラノ・コルティナ五輪に出場したと思われることがありますが、実際には代表入りしていません。

全日本スキー連盟の強化活動に参加していたものの、2025-2026年シーズンはけがの影響もあり、五輪代表から外れました。

2026年1月のアスペンで開催されたワールドカップでは男子ハーフパイプ14位という結果を残しています。

また、2026年7月16日に発表された2026-2027年シーズンのSAJ強化指定選手からも外れました。

ただし、これは競技引退を意味するものではありません。

2026年3月に7.72mの世界記録を樹立

2026年10月認定

海祝の2026年最大のニュースは、ハーフパイプにおける最高エアの世界記録です。

2026年3月19日、スイスのラークスで開催されたプロリーグ「The Snow League」の大会で、海祝は7.72m(25フィート4インチ)の高さまで飛びました。

この記録は、それまで自身がアスペン大会で記録していた7.68mを上回るものでした。

そして2026年10月1日、ギネス世界記録の公式認定を受けました。

10月3日に配信されたテレビ新潟の報道では、海祝は認定証について「メダルよりも重い」と喜びを語っています。

さらに新シーズンに向けて、エアの高さだけでなく技術面でも進化した姿を見せたいという意欲を示しました。

つまり、海祝は2026年ミラノ五輪には出場していないものの、その後のプロリーグでは世界記録を樹立しています。

五輪の代表選考とプロリーグでの活躍は別の評価軸です。両方を分けて見ることが、現在の海祝を正しく理解するポイントになります。

【実力比較】平野歩夢と平野海祝はどちらが強い?

歩夢と海祝は同じ男子ハーフパイプを主戦場にしていますが、競技実績や強みには違いがあります。

平野歩夢は五輪メダルと高難度の技術が強み

歩夢の最大の実績は、ソチ・平昌の銀メダル、北京の金メダルです。

特に北京五輪で成功させたトリプルコーク1440は、男子ハーフパイプの技術水準を語るうえで象徴的な演技でした。

単に高く飛ぶだけではなく、空中で複雑な回転を組み合わせ、着地まで完成させる技術力が求められます。

長年にわたり世界最高峰の舞台で結果を残してきた経験も、大きな強みです。

平野海祝は高さとダイナミックなエアが武器

一方、海祝の個性を象徴するのが、7.72mの最高エアです。

ハーフパイプでは、壁からどれだけ高く飛び出すかも重要な見どころです。

海祝は北京五輪でも高さへのこだわりを示し、2026年にはその能力を世界記録という形で証明しました。

二人の違いを比較

比較項目 平野歩夢 平野海祝
年齢 27歳 24歳
北京五輪 金メダル 9位
2026年五輪 7位 出場なし
代表的な強み 高難度トリック、総合的な競技力 高いエア、ダイナミックなジャンプ
2026年の注目実績 ミラノ五輪7位 最高エア7.72m
ギネス世界記録 今回の比較対象ではなし 2026年10月認定

両者を単純に順位だけで比較することはできません。

歩夢は五輪でのメダル実績、海祝は高さの世界記録という、それぞれ異なる強みを持っています。

歩夢が総合的な競技実績で世界トップクラスの選手である一方、海祝も独自の武器で世界記録を持つ選手になったというのが、2026年現在の二人の関係です。

兄弟が同じ競技を続ける意味

三兄弟の関係で興味深いのは、兄弟でありながら、同じ方向に進むことだけを目標にしていない点です。

歩夢は五輪金メダリストとしてのキャリアを築き、海祝は高さという個性を伸ばしてきました。

そして英樹も、幼少期から兄弟を引っ張ってきた存在です。

兄の背中を追った歩夢、歩夢の活躍を見て競技を始めた海祝。それぞれが互いに刺激を受けながら、自分の競技人生を築いています。

【よくある質問】ハーフパイプ平野兄弟に関するFAQ

Q1:ハーフパイプの平野兄弟は何人ですか?

A1:平野英樹、平野歩夢、平野海祝の3人です。英樹が長男、歩夢が次男、海祝が三男です。

Q2:平野歩夢と平野海祝は何歳差ですか?

A2:歩夢は1998年11月29日生まれ、海祝は2002年10月14日生まれです。年齢差は約3年10か月です。

Q3:平野英樹は平野歩夢の兄ですか?

A3:はい。英樹は歩夢の実兄で、三兄弟の長男です。12歳でプロスノーボーダーになった経歴があります。

Q4:平野三兄弟の父親は誰ですか?

A4:父親は平野英功さんです。約800万円をかけて地元に日本海スケートパークを設立するなど、息子たちの練習環境を整えてきました。

Q5:平野歩夢の2026年ミラノ五輪の成績は?

A5:男子ハーフパイプで7位、86.50点でした。大会直前に骨盤などを骨折する大けがを負いながら決勝に進出しました。

Q6:平野海祝は北京五輪で何位でしたか?

A6:男子ハーフパイプで9位でした。1本目に75.50点を記録し、約7.4mの高いエアでも注目されました。

Q7:平野海祝は2026年現在、何をしていますか?

A7:プロスノーボーダーとして活動しています。2026年3月にはThe Snow Leagueで7.72mの最高エアを記録し、同年10月にギネス世界記録に認定されました。ミラノ五輪には出場していません。

Q8:平野三兄弟は全員オリンピックに出場していますか?

A8:三兄弟のうち、五輪出場が確認されているのは歩夢と海祝です。歩夢は冬季五輪4大会と東京五輪に出場し、海祝は北京五輪に出場しました。英樹については、五輪出場実績は確認されていません。

まとめ:平野三兄弟はそれぞれの個性で世界に挑み続ける

ハーフパイプ平野兄弟とは、長男・英樹、次男・歩夢、三男・海祝の三兄弟です。

新潟県村上市で育ち、父・英功さんが整えた練習環境のもと、幼い頃からスケートボードとスノーボードに親しんできました。

歩夢はソチ・平昌の銀メダル、北京の金メダルを経て、2026年ミラノ・コルティナ五輪で7位。大けがを乗り越えた挑戦は、多くの人の記憶に残りました。

一方、海祝は北京五輪9位からさらに成長し、2026年には7.72mの最高エアでギネス世界記録を獲得。五輪代表から外れたシーズンにも、世界を驚かせる結果を残しています。

そして英樹は、歩夢が幼い頃から背中を追いかけてきた最初の競技の先輩です。

平野三兄弟の本当の魅力は、歩夢一人の金メダルだけではありません。 兄が切り開き、弟が追いかけ、さらに三男が独自の世界記録を打ち立てる。それぞれが異なる強みを持ちながら、同じ競技文化を共有していることにあります。

2026年以降も、歩夢の次なる挑戦と海祝のさらなる記録更新、そして三兄弟それぞれの活動から目が離せません。