【2026年現在】林与一は今も俳優・舞踊家として活動している?
林与一は、2026年も舞台に立つ俳優として活動している。
2026年9月8日には、東京・渋谷区文化総合センター大和田の伝承ホールで開催された『第三十五回嘉島典俊の世界 嘉島まつり』に特別出演した。
同公演の第一部『宇之吉しぐれ』では、嘉島典俊が演じる宇之吉に対し、林与一は小金井小次郎役を担当。長谷川稀世、丹羽貞仁らと共演した。
出演発表に際して林は、以前から演じてみたいと思っていた小金井小次郎役の依頼を受けた喜びをコメントしている。
「嘉島君の宇之吉、私の小次郎」
この言葉からも、役柄への思い入れがうかがえる。公演後の観劇報告でも、林の股旅姿や立ち姿、声の存在感に触れられていた。
また、2024年には第45回松尾芸能賞の功労賞を受賞している。
公益財団法人松尾芸能振興財団は、林について、若手歌舞伎俳優時代から約70年にわたる舞台活動を評価。傘寿を超えても舞台で存在感を示し、後進への助演や助力も惜しまない点を受賞理由に挙げた。
つまり、林与一の現在を「過去の時代劇スター」とだけ捉えるのは正確ではない。映画への出演に加え、舞台芸術の現場にも参加している。
ただし、2026年11月時点で、毎月の定期出演や新たな映画主演が決まっているという情報までは確認できない。確認できる具体的な活動実績と、今後の予定は分けて考える必要がある。
【プロフィール】林与一の生年月日・年齢と歌舞伎の家系

林与一(はやし よいち)
84歳
2026年11月1日現在
俳優・日本舞踊家・林流家元
林与一の基本プロフィールを整理すると、次のとおりだ。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 芸名 | 林与一 |
| 読み方 | はやし よいち |
| 生年月日 | 1942年2月14日 |
| 年齢 | 84歳 |
| 星座 | みずがめ座 |
| 血液型 | O型 |
| 職業 | 俳優・舞踊家 |
| 特技 | 日本舞踊 |
| 流派 | 林流 |
| 受賞歴 | 1994年菊田一夫演劇賞、2024年松尾芸能賞功労賞 |
生年月日や血液型は日本タレント名鑑、WEBザテレビジョンなどの人物プロフィールに掲載されている。
祖父は歌舞伎俳優の林又一郎
林与一の芸能人生を理解するうえで欠かせないのが、歌舞伎の家系だ。
曽祖父は上方歌舞伎を代表する初代中村鴈治郎。祖父は歌舞伎俳優の林又一郎で、日本舞踊の林流を創始した人物でもある。
父の林敏夫も歌舞伎俳優だった。母は映画女優の北見礼子である。
父親は戦争中に亡くなり、林が3歳のときにはすでに父を失っていた。幼少期から祖父の芸や舞台の世界に触れる環境にあったことが、その後の人生につながっていく。
林与一の若い頃は俳優志望ではなかった
意外なのは、林が最初から役者を目指していたわけではないことだ。
2015年の週刊女性PRIMEのインタビューでは、学生時代は商業デザイナーになるつもりだったと振り返っている。
歌舞伎役者の家に生まれたものの、同じ演目を繰り返す生活に魅力を感じていなかったという。
さらに、子どもの頃には肺結核を患い、約3年間療養生活を送った。これも正式な初舞台が15歳と遅くなった理由の一つだった。
しかし、実際に舞台に立つと観客から拍手を受け、役者という仕事の面白さを実感する。そこで俳優として歩むことを決めた。
初舞台は1957年、15歳のとき
初舞台の経緯には、興味深いエピソードがある。
日本近代演劇デジタル・オーラル・ヒストリー・アーカイヴに掲載された2020年の本人インタビューによると、実は最初に舞台へ出たのは9歳だった。
1948年の巡業公演『時雨の炬燵』で、出演予定の子役が急きょ参加できなくなり、代役を頼まれたという。
本人は、お菓子を毎日買ってもらえるという話に誘われて出演したと振り返っている。
その後、正式な初舞台となったのが1957年6月の大阪歌舞伎座での『お吟さま』。林は村娘役を演じた。
さらに同じ月の『白浪五人男』では、祖父の林又一郎が高熱で舞台に立てなくなり、赤星十三郎役を代演した。
15歳で初舞台を踏んだばかりの若手が、祖父の代役として大役を務めたというのは、林の歌舞伎時代を象徴する出来事だ。
【経歴・年表】上方歌舞伎から時代劇スターへの転身
林与一のキャリアは、歌舞伎だけにとどまらなかった。
1950年代後半から映画に出演し、1960年代には東宝の舞台やテレビドラマへ活動の場を広げる。特に1964年のNHK大河ドラマ『赤穂浪士』が大きな転換点となった。
林与一の主な経歴一覧
出典:日本近代演劇デジタル・オーラル・ヒストリー・アーカイヴ、東宝、松尾芸能振興財団、映画作品データベース、舞台公演情報。
『赤穂浪士』の堀田隼人役で一躍有名に
林与一の名前を全国に広めた代表作が、1964年放送のNHK大河ドラマ『赤穂浪士』だ。
演じたのは、堀田隼人という浪人役。
当時の林は、端正な顔立ちと独特の雰囲気を持つ若手俳優として注目され、作品の人気とともに知名度を高めていった。
2023年の婦人公論のインタビューでは、同作の主演を務めた長谷川一夫から受けた言葉についても振り返っている。
長谷川一夫は、林にとって単なる共演者ではなかった。上京後に長谷川の家に身を寄せ、付き人をしながら役者としての心得を学んだ師匠的存在でもある。
この関係が、後の商業演劇での活躍にもつながった。
美空ひばりとの共演も重要な転機
林のキャリアを語るうえで、美空ひばりとの共演も外せない。
日本近代演劇デジタル・オーラル・ヒストリー・アーカイヴのインタビューでは、林自身が美空ひばりの舞台で約5年間、相手役を務めたと話している。
映画では『小判鮫 お役者仁義』などで共演。ひばりから演技の見せ方を教わった経験も、後年まで大切にしていた。
山本富士子、森光子、山田五十鈴ら、昭和を代表する女優たちと舞台で共演したことも、林の俳優としての大きな財産だ。
単に二枚目俳優として人気を集めただけではなく、相手役の魅力を引き出す舞台俳優として経験を積んだ点に、林のキャリアの特徴がある。
【代表作】必殺仕掛人・子連れ狼・近年の映画出演を解説
林与一の出演作品は、テレビ時代劇、映画、舞台と幅広い。
特に時代劇では、剣客や浪人、個性的な人物を演じる機会が多く、歌舞伎で身につけた身体表現や立ち回りの技術が生かされている。
1. 『必殺仕掛人』の西村左内
1972年に放送された『必殺仕掛人』は、必殺シリーズの第1作。
林与一は、浪人剣客の西村左内を演じた。共演者は緒形拳、山村聰ら。
作品は池波正太郎の原作をもとに、法で裁けない悪人を裏稼業の仕掛人たちが成敗する物語だ。
林の西村左内は、剣の腕を持つ浪人という役柄。緒形拳が演じる藤枝梅安とは異なる個性を持つ人物として描かれている。
同作は全33話で、林にとって時代劇スターとしての存在感を印象づける代表的な仕事となった。
2. 映画『子連れ狼 親の心子の心』
1972年公開の映画『子連れ狼 親の心子の心』では、柳生軍兵衛を演じた。
主演は若山富三郎。拝一刀と大五郎の旅を描く人気シリーズの第4作にあたる。
林が演じた軍兵衛は、主人公たちの物語に関わる重要な役柄だ。
『必殺仕掛人』と同じく、1970年代の時代劇映画・テレビ作品を代表する出演作として押さえておきたい。
3. 映画『むじな峠』では主演を担当
2024年5月31日に劇場公開された『むじな峠』では、林与一が主演を務めた。
演じたのは円真という僧侶。江戸時代初期を舞台に、仏像造りをしながら各地を巡る人物だ。
作品では、侍になることを夢見て孤立する男と、その家族の姿が描かれる。
監督・脚本は戸田博。林のほか、若原瞳、長谷川かずき、弓澤公望らが出演している。
若い頃の林を知る人にとっては、剣客や二枚目の役柄とは異なる、年齢を重ねた俳優としての演技を楽しめる作品だ。
4. 『シンペイ~歌こそすべて』では山田本家当主役
2025年公開の『シンペイ~歌こそすべて』にも出演している。
この作品は、日本の流行歌や童謡の発展に大きな足跡を残した作曲家・中山晋平の生涯を描く伝記映画だ。
主演は中村橋之助。志田未来、渡辺大、緒形直人、三浦貴大らが出演している。
林与一が演じたのは山田本家当主。中山晋平の母・ぞうに関わる人物として登場する。
主演作品ではないものの、昭和の音楽文化を題材にした作品に参加している点は注目に値する。
そのほかの主な出演作品
| 作品名 | 年 | 林与一の役柄 |
|---|---|---|
| 『鼠小僧次郎吉』 | 1965年 | 鼠小僧 |
| 『小判鮫 お役者仁義』 | 1966年 | 闇太郎 |
| 『必殺仕掛人 梅安蟻地獄』 | 1973年 | 小杉十五郎 |
| 『必殺仕掛人 春雪仕掛針』 | 1974年 | 小杉十五郎 |
| 『八重の桜』 | 2013年 | 島津斉彬 |
| 『あさが来た』 | 2015~2016年 | 今井忠政 |
| 『モリのいる場所』 | 2018年 | 昭和天皇 |
映画・ドラマの作品データベースでは、このほかにも『水戸黄門』『独眼竜政宗』『徳川家康』『剣客商売』などの出演歴が確認できる。
【日本舞踊】林与一が継承する林流とは?家元としての顔
林与一は俳優であると同時に、日本舞踊の林流を継承する家元でもある。
林流は、祖父の林又一郎が創始した日本舞踊の流派だ。
林又一郎は、初代中村鴈治郎の長男として生まれた歌舞伎俳優であり、歌舞伎の芸と日本舞踊の双方に関わってきた人物だった。
その流派を孫の林与一が継承している。
林流の公式紹介ページでは、現在の家元が林与一であることが説明されている。
俳優と舞踊家、二つの芸を持つ意味
林与一の舞台経験は、単にせりふを覚えて演じるだけのものではない。
歌舞伎では、立ち姿、歩き方、視線、手の動き、身体の向きなどが人物の性格や感情を表現する重要な要素になる。
日本舞踊にも、こうした身体表現の積み重ねがある。
林が時代劇で見せてきた所作や立ち回りに、歌舞伎と舞踊の経験が生かされていると考えると、出演作品の見方も変わる。
また、2024年の松尾芸能賞の選評でも、林の身ごなしやメリハリのあるせりふ回しが評価されている。
これは、長年の舞台経験と身体表現の積み重ねが、年齢を重ねた後も俳優としての強みになっていることを示している。
2024年には松尾芸能賞功労賞を受賞
林与一は2024年、第45回松尾芸能賞で功労賞を受賞した。
この賞は、日本の伝統芸能や舞台芸術、大衆芸能などに貢献した人物・団体を表彰するもの。
林に対する評価では、若手歌舞伎俳優としての時代から続く長年の舞台活動に加え、映画やテレビを含めた幅広い芸能活動が取り上げられた。
また、後進の俳優たちへの助演や助力を惜しまない姿勢も評価されている。
単に過去の功績を表彰されたのではなく、現在の舞台活動や芸能界への貢献も含めた受賞だった。
【結婚歴】林与一の妻は小川知子?再婚や子供について
林与一の私生活では、歌手・女優の小川知子との結婚が知られている。
この件については、2023年9月に掲載された婦人公論の関容子によるインタビューが参考になる。林本人が、自身の結婚歴について具体的に振り返っている。
最初の結婚相手は小川知子
歌手・女優として活動した人物。林与一の最初の結婚相手として知られる。
林のインタビューによると、30代半ばの頃に小川知子と結婚した。
二人が結婚に至った背景には、それぞれの婚約が破談になったという事情があった。
林は当時の結婚生活について、家事を自分がすべて担当していたことなども話している。
しかし、結婚生活は長く続かず、数年で別れることになったという。
このエピソードは本人が語った内容であり、単なる芸能ゴシップとは異なる、本人の証言に基づく情報だ。
その後に再婚、子供は4人
同じインタビューで林は、小川知子との離婚後、年下の女性と再婚したことも明かしている。
さらに、子供は4人で、インタビュー当時にはそれぞれ成人して独立していたと語っている。
家族に関して確認できる情報をまとめると、次のようになる。
| 項目 | 公表されている情報 |
|---|---|
| 最初の妻 | 小川知子 |
| 最初の結婚生活 | 数年間で別れたと本人が説明 |
| その後 | 年下の女性と再婚 |
| 子供 | 4人 |
| 子供の現在 | 2023年の本人談では全員独立 |
| 再婚相手の氏名 | 上記インタビューでは明らかにされていない |
重要なのは、林自身が家族について語った範囲を正確に捉えることだ。
結婚歴については本人の証言が存在する一方、再婚相手の詳しいプロフィールや子供たちの個人情報まで公表されているわけではない。
家族の情報と俳優としての活動情報は、分けて理解するのが適切だ。
【よくある質問】林与一に関するFAQ
Q1:林与一は現在何歳ですか?
1942年2月14日生まれで、2026年11月1日現在84歳です。俳優として長いキャリアを持ち、2026年9月にも舞台に特別出演しています。
Q2:林与一の代表作は何ですか?
テレビドラマでは『赤穂浪士』『必殺仕掛人』、映画では『子連れ狼 親の心子の心』『鼠小僧次郎吉』『むじな峠』などが代表作として挙げられます。
Q3:林与一は現在も舞台に出演していますか?
はい。2026年9月8日の『第三十五回嘉島典俊の世界 嘉島まつり』に特別出演し、小金井小次郎役を演じました。今後の定期公演や出演予定については、個別の公演発表を確認する必要があります。
まとめ:林与一の現在と俳優人生を正しく理解するために
林与一は、1942年2月14日生まれの俳優・日本舞踊家であり、2026年11月現在84歳。
上方歌舞伎の名門に生まれ、15歳で正式な初舞台を踏んだ後、映画やテレビ、商業演劇へと活躍の幅を広げてきた。
特に『赤穂浪士』の堀田隼人役や『必殺仕掛人』の西村左内役は、時代劇スターとしての林与一を象徴する仕事だ。
近年も『むじな峠』『シンペイ~歌こそすべて』に出演し、2026年9月には『嘉島まつり』の舞台に立っている。林流の家元として日本舞踊を継承する立場も変わらない。
【プロの結論】林与一のキャリアを評価する際に見るべきなのは、出演本数や年齢だけではない。
歌舞伎で培った身体表現を映画・テレビ・商業演劇へと広げ、さらに日本舞踊の流派を継承してきた点に、他の時代劇俳優とは異なる特徴がある。
林与一を知るなら、次の3つの視点が役立つ。
- 時代劇スターとしての林与一:『赤穂浪士』『必殺仕掛人』を通じて、昭和のテレビ時代劇の魅力を知る。
- 舞台俳優としての林与一:長谷川一夫や美空ひばりらとの共演歴から、商業演劇の歴史をたどる。
- 舞踊家としての林与一:林流の家元という立場から、歌舞伎と日本舞踊の継承に注目する。
2026年の舞台出演は、林与一が今も演劇の現場とつながっていることを示す具体的な出来事だ。今後も映画や舞台でどのような役柄を見せるのか、長年培ってきた芸とともに注目したい。