【結論】久保建英の弟は久保瑛史!年齢・プロフィールを紹介
久保建英選手の弟は、久保瑛史(くぼ・えいじ)選手です。2026年11月1日時点で19歳。神奈川県出身のミッドフィルダーで、レイラック滋賀FCでは背番号7を着けています。
まずは基本プロフィールを整理します。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 名前 | 久保瑛史(くぼ・えいじ) |
| 生年月日 | 2007年9月2日 |
| 年齢 | 19歳(2026年11月現在) |
| 出身地 | 神奈川県 |
| 身長 | 180cm |
| 体重 | 73kg |
| ポジション | MF |
| 主な役割 | ボランチ、インサイドハーフ |
| 利き足 | 右足 |
| 現在の所属 | レイラック滋賀FC |
| 保有元 | セレッソ大阪 |
| 背番号 | 7 |
| 2026年の移籍形態 | 育成型期限付き移籍 |
プロフィールはセレッソ大阪とレイラック滋賀FCの公式発表、Jリーグの選手登録情報をもとに整理しています。
なお、生年月日は一部のセレッソ大阪選手紹介ページで9月1日と表示されていますが、2026年の移籍発表とJリーグ公式選手情報では9月2日となっています。
久保瑛史はどんな選手?

瑛史選手は、前線で個人技を生かしてゴールを狙うタイプというより、中央でボールを受け、味方につなぎながら攻撃を組み立てるタイプです。
本人もセレッソ大阪の公式インタビューで、自分の特徴について次のように説明しています。
「ゲームメイク、チャンスメイク」
ボランチの位置からボールを運び、相手をかわしてパスを出すことを得意としています。
身長180cmという恵まれた体格も特徴です。兄の建英選手とは異なる身体的特徴と役割を持ち、中盤で試合をコントロールする選手として成長を続けています。
【生い立ち・経歴】横浜F・マリノスからレアル・ソシエダへ
久保瑛史選手のサッカー人生を語るうえで欠かせないのが、幼少期のスペイン生活です。
兄の建英選手がFCバルセロナの育成組織に所属したことをきっかけに、家族でスペインへ渡りました。瑛史選手自身も幼い頃から現地のサッカー文化に触れています。
3歳でサッカーを始めた幼少期
セレッソ大阪の公式インタビューによると、瑛史選手がサッカーを始めたのは3歳の頃です。
きっかけは兄の影響でした。
2011年、兄がバルセロナの下部組織に入った時期に家族でスペインへ移住。瑛史選手は当時4歳で、スペインで過ごした約3年半の経験がサッカー人生の原点になっています。
小学校1年生頃には、スペインのCEエウロパというクラブでプレー。7人制サッカーを経験し、当初は前線に近いポジションを担当していました。
この頃から、コーチとの対話を通じて状況を考えながらプレーする習慣が身についていったと本人は振り返っています。
2015年に日本へ帰国、横浜F・マリノスの育成組織へ
2015年、家族で日本に帰国します。
帰国後は川崎市のFCパーシモンで約1年間プレー。その後、小学3年生から横浜F・マリノスのプライマリーに加入しました。
小学生時代には左ウイングも経験しましたが、5年生頃からボランチやインサイドハーフを担当するようになります。
本人は以前からボランチを希望していたと話しており、現在のプレースタイルにつながるポジションの変化でした。
中学1年生からは横浜F・マリノスのジュニアユースへ昇格。内部セレクションを経て、より高いレベルの育成環境で経験を積みました。
2022年にレアル・ソシエダのアカデミーへ
瑛史選手は2022年8月、中学3年生の時期に再びスペインへ渡ります。
現地でレアル・ソシエダのアカデミーのテストを受け、合格。兄と同じクラブの育成組織に所属することになりました。
最初はカデーテAでプレーし、その後フベニールBへ進みます。
さらに2024年9月から2025年6月までは、フベニールAでプレーしました。
フベニールBはU-19年代の上位リーグの一つで、フベニールAはその上のカテゴリーに位置します。
本人のインタビューでは、スペインでの3年間について、技術だけでなく守備意識やフィジカル面、試合における駆け引きも学んだと振り返っています。
なぜスペインを離れて日本に戻ったのか?
この進路変更には、本人なりの明確な理由がありました。
セレッソ大阪の公式インタビューで瑛史選手は、スペインのサッカーが好きだった一方、自分に不足している部分はプレーの強度だと感じていたことを明かしています。
日本でプレーすることで、その課題を補いたいと考えたのです。
また、プロ選手になることを早く実現したいという思いもありました。
兄の建英選手にも進路について相談したところ、本人によれば「やりたいようにやればいい。自分で決めろ」と背中を押されたそうです。
兄と同じ道を歩くのではなく、自分の判断で日本への帰国を選んだことは、瑛史選手のキャリアにおける大きな転換点です。
【経歴年表】横浜F・マリノス・レアル・ソシエダ・セレッソ大阪での歩み
ここまでの経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
| 年・時期 | 所属・出来事 | 主な内容 |
|---|---|---|
| 2011年頃 | スペイン生活 | 兄の影響でサッカーに親しむ |
| 2015年 | 日本へ帰国 | FCパーシモンでプレー |
| 小学3年生頃 | 横浜F・マリノス プライマリー | 中盤の選手として成長 |
| 中学1年生 | 横浜F・マリノス ジュニアユース | 本格的な育成を受ける |
| 2022年8月 | レアル・ソシエダ | アカデミーのテストに合格 |
| 2023~2024年 | フベニールB | U-19年代のリーグで経験を積む |
| 2024~2025年 | フベニールA | 上位カテゴリーへ昇格 |
| 2025年8月21日 | セレッソ大阪 | 背番号26で加入 |
| 2026年8月27日 | レイラック滋賀FC | 育成型期限付き移籍が決定 |
| 2026年8月30日 | Jリーグデビュー | J3・ガイナーレ鳥取戦 |
| 2026年10月25日 | Jリーグ初得点 | ツエーゲン金沢戦 |
セレッソ大阪への加入は2025年8月
2025年8月21日、セレッソ大阪は久保瑛史選手の新加入を正式発表しました。
当時17歳で、背番号は26。
スペインのレアル・ソシエダの育成組織から日本へ戻り、初めて本格的なプロキャリアを歩むことになりました。
セレッソ大阪では、香川真司選手ら経験豊富な選手たちと同じ環境で練習する機会を得ています。
本人も香川選手を憧れの選手の一人として挙げており、トップレベルの選手から学ぶ姿勢を示していました。
ただし、セレッソ大阪加入後にJ1リーグの公式戦へ出場したわけではありません。Jリーグの公式記録では、J1リーグ出場は記録されていません。
この点は、プロクラブへの加入とJ1公式戦デビューを混同しないためにも押さえておきたいところです。
【兄弟比較】久保建英と久保瑛史のプレースタイルはどう違う?
久保兄弟は、同じサッカー選手でありながら、プレーの役割が大きく異なります。
兄の建英選手は攻撃を仕掛けるアタッカータイプ。弟の瑛史選手は中盤でゲームを組み立てる司令塔タイプです。
兄・久保建英は左利きの攻撃的MF・アタッカー
兄の久保建英選手は2001年6月4日生まれ。2026年11月時点で25歳です。
レアル・ソシエダに所属し、日本代表でもプレーする選手です。
身長は173cm、利き足は左足。
右ウイングを中心に、相手の守備をドリブルで崩したり、狭いスペースでボールを扱ったり、ゴールやアシストにつながるプレーを生み出すことが特徴です。
高い技術と状況判断を生かして、攻撃の局面を変える役割を担っています。
弟・久保瑛史は右利きのボランチ
一方、瑛史選手は180cm、73kgの右利きMFです。
主戦場はボランチやインサイドハーフ。
攻撃の起点となる位置でボールを受け、味方へパスを供給したり、自らボールを運んだりするプレーを得意としています。
スペインの現地メディアでは、瑛史選手のプレースタイルについて、守備的MFとして知られるマルティン・スビメンディ選手に近いタイプだと紹介されたこともあります。
ただし、これはプレーの役割に関する比較であり、実績や能力が同等という意味ではありません。
兄弟の違いを整理
- 久保建英:左足を使う攻撃的なアタッカー
- 久保瑛史:右足を使う中盤のゲームメーカー
- 建英:ドリブル突破や仕掛け、得点機会の創出
- 瑛史:ボール保持、配球、ゲームメイク、守備的な中盤の役割
共通しているのは、ボールを扱う技術と状況判断を重視する点です。
瑛史選手自身も、幼少期からシャビやイニエスタのプレー映像を見ていたと語っています。
兄のように攻撃の中心で輝く道ではなく、中盤からチーム全体を動かす道を選んでいることが、兄弟の大きな違いです。
【2026年最新】レイラック滋賀での出場成績とJリーグ初ゴール
2026年の久保瑛史選手を語るうえで、最も重要なのがレイラック滋賀FCへの移籍です。
2026年8月27日に育成型期限付き移籍が決定
2026年8月27日、セレッソ大阪とレイラック滋賀FCは、久保瑛史選手の育成型期限付き移籍を発表しました。
移籍期間は2027年6月30日まで。
レイラック滋賀では背番号7を着用しています。
育成型期限付き移籍は、若手選手が他クラブで実戦経験を積み、成長することを目的とした移籍形態です。
セレッソ大阪のJ1では出場機会を得ることが難しかった瑛史選手にとって、公式戦で経験を重ねる機会となりました。
なお、契約上、期限付き移籍期間中はセレッソ大阪と対戦する公式戦には出場できません。
Jリーグ初出場は2026年8月30日
瑛史選手のJリーグ初出場は、2026年8月30日のJ3第4節、ガイナーレ鳥取戦です。
この試合では先発出場し、60分間プレーしました。
試合はレイラック滋賀が0対1で敗れましたが、本人にとってはJリーグの公式戦で新たな一歩を踏み出した試合です。
その後も途中出場を中心に経験を重ね、9月9日のルヴァンカップ・東京ヴェルディ戦では先発出場も経験しました。
10月21日の栃木SC戦では90分間プレーしており、出場時間を伸ばす機会も得ています。
10月25日、ツエーゲン金沢戦でプロ初ゴール
2026年10月25日、J3第13節のツエーゲン金沢戦で、瑛史選手は記念すべきJリーグ初得点を記録しました。
試合はレイラック滋賀が1対5で敗れましたが、57分に瑛史選手がゴールを決めています。
左コーナーキックのこぼれ球を拾い、右足で強烈なシュートを放ってゴール左上に突き刺した一撃でした。
この得点は、Jリーグでの初ゴールであると同時に、プロキャリアにおける初得点としても注目を集めました。
兄の久保建英選手が活躍するなか、弟も自らのプレーで結果を残した瞬間です。
2026年11月1日時点の最新成績
Jリーグ公式選手記録などで確認できる2026/27シーズンのJ3リーグ成績は、次のとおりです。
- 出場試合数:8試合
- 得点:1
- アシスト:0
- 出場時間:412分
- Jリーグ初出場:2026年8月30日
- Jリーグ初得点:2026年10月25日
Jリーグ公式の選手記録は10月30日更新分で8試合・1得点・0アシストとなっています。10月31日のAC長野パルセイロ戦ではベンチ入りしましたが、出場はありませんでした。
したがって、11月1日時点でのリーグ戦成績は8試合・1得点です。
19歳の選手として、プロの公式戦で出場経験を積みながら初得点まで記録したことは、キャリアの進展を示す出来事です。
ただし、出場時間はまだ412分。これから先発出場を増やし、試合を通して自分の特徴を発揮できるかが次の課題になります。
【プロの結論】久保瑛史の現在地と今後の注目ポイント
久保瑛史選手のキャリアを整理すると、単に「久保建英の弟」という肩書だけでは捉えきれない歩みが見えてきます。
スペインで育ち、横浜F・マリノスの育成組織を経て、レアル・ソシエダのアカデミーで経験を積みました。
その後、日本に戻ることを自ら決断し、セレッソ大阪でプロキャリアを開始。2026年にはレイラック滋賀FCへの期限付き移籍を選び、Jリーグ初出場と初得点を達成しています。
注目ポイント1:出場時間をどこまで伸ばせるか
まず注目したいのは、試合への継続的な出場です。
現在の成績は8試合・412分。先発出場した試合もありますが、途中出場が中心となっています。
ボランチは試合の流れを左右するポジションです。監督から信頼を得て、90分間を通してプレーする機会が増えるかどうかは、今後の成長を測る一つの判断材料になります。
注目ポイント2:ゲームメイクの質と守備の強度
瑛史選手が自分の特徴として挙げているのは、ボールを運ぶこと、相手をはがすこと、ゲームメイクです。
スペインで学んだ技術をJリーグの試合でどれだけ発揮できるかが重要になります。
一方、本人が日本への帰国理由として挙げた課題はプレーの強度でした。
そのため、パスの正確性だけでなく、相手のプレスを受けた場面での判断、ボール奪取、守備への切り替えも注目すべきポイントです。
注目ポイント3:セレッソ大阪への復帰
現在の移籍期間は2027年6月30日までです。
今後はレイラック滋賀で実戦経験を重ね、その成果を保有元であるセレッソ大阪に持ち帰ることが期待されます。
J1で出場機会を得るには、J3でのプレーを通して成長を示す必要があります。
兄のようにスペインのトップリーグで活躍することを目標にするにしても、まずは目の前の試合で実績を積み上げることが大切です。
読者が知っておきたい3つの誤解
- 兄と同じクラブのトップチームに所属していた? レアル・ソシエダではトップチームではなく、アカデミーの育成年代でプレーしていました。
- 兄と同じ攻撃的な選手? 兄はアタッカー、弟はボランチを主戦場とする選手です。
- セレッソ大阪でJ1デビューした? セレッソ大阪への加入は2025年ですが、Jリーグ公式記録上の初出場は2026年8月30日のJ3・レイラック滋賀での試合です。
プロフィールだけでなく試合内容を見ることが大切
若い選手を評価するとき、身長や所属クラブ、兄弟関係だけで判断するのは十分ではありません。
出場時間、先発回数、ボールを受ける位置、パスの質、守備への貢献などを合わせて見る必要があります。
瑛史選手の場合、2026年10月25日の初ゴールは大きな成果ですが、今後は中盤の選手として試合全体にどのような影響を与えるかが、より重要な評価材料になるでしょう。
【久保建英の弟・久保瑛史】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:久保建英の弟の名前は?
A1:弟の名前は久保瑛史(くぼ・えいじ)です。レイラック滋賀FCに所属するプロサッカー選手で、ポジションはMFです。
Q2:久保瑛史は何歳?
A2:2007年9月2日生まれで、2026年11月現在19歳です。
Q3:久保瑛史の身長・体重は?
A3:身長180cm、体重73kgです。兄の建英選手より身長が高い体格です。
Q4:久保瑛史のポジションと利き足は?
A4:ポジションはMFで、主にボランチやインサイドハーフを担当します。利き足は右足です。
Q5:久保瑛史はレアル・ソシエダでプレーしていた?
A5:はい。2022年から2025年まで、レアル・ソシエダのアカデミーに所属していました。トップチームではなく、ユースカテゴリーで経験を積んでいます。
Q6:久保瑛史の現在の所属クラブは?
A6:2026年11月現在、セレッソ大阪から育成型期限付き移籍でレイラック滋賀FCに所属しています。背番号は7です。
Q7:久保瑛史のJリーグ初出場と初ゴールはいつ?
A7:初出場は2026年8月30日のJ3・ガイナーレ鳥取戦です。初ゴールは同年10月25日のツエーゲン金沢戦で記録しました。
Q8:久保建英と久保瑛史はプレースタイルが似ている?
A8:共通する技術やボール扱いのうまさはありますが、役割は異なります。建英選手は左利きの攻撃的アタッカー、瑛史選手は右利きのボランチで、ゲームメイクを得意としています。
Q9:久保瑛史は日本代表に選ばれている?
A9:2026年10月30日更新のJリーグ公式プロフィールでは、日本代表出場試合数は0です。今後の成長と代表入りへの挑戦にも注目が集まります。
まとめ:久保瑛史は兄とは異なる道でプロとして成長中
久保建英選手の弟・久保瑛史選手は、兄の影響でサッカーを始め、スペインと日本の育成環境で経験を積んできた19歳のMFです。
横浜F・マリノスのプライマリー、ジュニアユースを経て、レアル・ソシエダのアカデミーへ進み、2025年にセレッソ大阪へ加入しました。
そして2026年8月、レイラック滋賀FCへの期限付き移籍が決定。8月30日にJリーグ初出場を果たし、10月25日には記念すべき初ゴールも記録しています。
兄の建英選手とは異なり、右足を使うボランチとしてゲームメイクを担うのが瑛史選手の特徴です。
2026年はプロとしての新しい一歩を踏み出したシーズン。
今後は出場時間を増やし、ゲームメイクや守備面で存在感を発揮できるかが注目されます。兄の名前だけに注目するのではなく、久保瑛史という一人の選手がどのようなキャリアを築いていくのか。その成長を追いかけたいところです。
主な確認資料・情報源
- セレッソ大阪公式プロフィール・本人インタビュー
- セレッソ大阪公式移籍発表(2026年8月27日)
- レイラック滋賀FC公式加入発表
- Jリーグ公式選手プロフィール・試合記録
- Jリーグ公式ツエーゲン金沢戦試合記録
- 日刊スポーツによる2025年の加入時取材