完全試合達成者は歴代16人!1950年の藤本英雄から2026年最新記録まで徹底解説

目次

日本プロ野球(NPB)で完全試合を達成した投手は、2026年10月31日時点で歴代16人、達成回数も16度です。1950年6月28日に巨人の藤本英雄が史上初の快挙を成し遂げてから、2022年4月10日に千葉ロッテの佐々木朗希が28年ぶりとなる完全試合を達成するまで、数々の名投手が歴史に名を刻んできました。日本野球機構(NPB)の公式記録によると、現在も佐々木朗希が史上最年少記録を保持しています。

完全試合は、単にヒットを打たれないだけでは成立しません。四球、死球、失策などによる出塁も許さず、相手打者を一人も塁に出さないまま勝利する必要があります。この記事では、歴代16人の達成年月日・所属球団・対戦相手・スコア・奪三振数を一覧にまとめ、ノーヒットノーランとの違いや28年間の空白、佐々木朗希が打ち立てた驚異的な記録、2026年最新のNPB公式記録まで詳しく解説します。

📌 【この記事の重要ポイントまとめ】

- 歴代達成者は16人: 1950年の藤本英雄から2022年の佐々木朗希まで、NPBで16人だけが達成。
- 最後の達成は2022年4月10日: 佐々木朗希が20歳5か月で史上最年少、19奪三振という歴史的記録を樹立。
- 2026年10月時点でも16人: 28年ぶりの完全試合以降、新たな達成者は誕生していない。

【基礎知識】完全試合とは?27人連続アウトが求められる理由

完全試合達成者

完全試合とは、1人の投手が相手チームの打者を一度も出塁させず、試合に勝利することです。英語では「Perfect Game(パーフェクトゲーム)」と呼ばれます。

通常の9イニングの試合であれば、相手打者27人を連続してアウトにする必要があります。

完全試合を成立させる5つの条件

完全試合には、次のような厳しい条件があります。

1. 被安打0: 相手打者にヒットを1本も許さない。
2. 与四球0: フォアボールによる出塁を許さない。
3. 与死球0: デッドボールによる出塁を許さない。
4. 失策による出塁0: 守備のエラーで走者を出さない。
5. 全打者をアウトにして勝利: 1人の投手が最後まで投げ、相手を一度も出塁させずに勝つ。

重要なのは、単に27個のアウトを取ればよいわけではない点です。

例えば、打者がエラーで一塁に出塁した後、次の打者を併殺打に仕留めればアウト数は増えます。しかし、すでに走者を許しているため完全試合にはなりません。

つまり、27アウトだけでなく、27人の打者を一度も出塁させずに抑えることが必要なのです。

完全試合は投手一人で達成する記録

完全試合では、先発投手が試合終了まで投げ切ることも重要です。

複数の投手が交代しながら相手を無安打無得点に抑えた場合、継投によるノーヒットノーランとして扱われることはありますが、個人の完全試合とは異なります。

NPBの公式記録でも、個人の完全試合と継投による無安打無得点試合は別々に整理されています。

この違いが、完全試合の達成難易度をさらに高めています。

【歴代一覧】日本プロ野球の完全試合達成者16人を達成年・球団別に紹介

ここからは、日本プロ野球の歴代完全試合達成者16人を時系列で紹介します。

日本野球機構の公式記録に掲載されている達成年月日、所属球団、対戦相手、試合結果、投球数、奪三振数を整理しました。

NPB公式「無安打無得点試合(ノーヒットノーラン)」の記録を基準に作成。

順番 達成年月日 投手 達成時の球団 対戦相手 スコア 投球数 奪三振
1 1950年6月28日 藤本英雄 巨人 西日本 4-0 92 7
2 1955年6月19日 武智文雄 近鉄 大映 1-0 89 6
3 1956年9月19日 宮地惟友 国鉄 広島 6-0 79 3
4 1957年8月21日 金田正一 国鉄 中日 1-0 88 10
5 1958年7月19日 西村貞朗 西鉄 東映 1-0 101 6
6 1960年8月11日 島田源太郎 大洋 阪神 1-0 108 3
7 1961年6月20日 森滝義巳 国鉄 中日 1-0 113 4
8 1966年5月1日 佐々木吉郎 大洋 広島 1-0 102 7
9 1966年5月12日 田中勉 西鉄 南海 2-0 117 7
10 1968年9月14日 外木場義郎 広島 大洋 2-0 114 16
11 1970年10月6日 佐々木宏一郎 近鉄 南海 3-0 99 4
12 1971年8月21日 高橋善正 東映 西鉄 4-0 86 1
13 1973年10月10日 八木沢荘六 ロッテ 太平洋 1-0 94 6
14 1978年8月31日 今井雄太郎 阪急 ロッテ 5-0 100 3
15 1994年5月18日 槙原寛己 巨人 広島 6-0 102 7
16 2022年4月10日 佐々木朗希 ロッテ オリックス 6-0 105 19

出典:日本野球機構の歴代無安打無得点試合記録。投球数・奪三振数も公式記録に基づく。

歴代16人の記録から分かる特徴

一覧を見ると、完全試合は1950年代から1970年代にかけて比較的多く生まれていることが分かります。

一方、1978年の今井雄太郎から1994年の槙原寛己までは16年間の空白があり、槙原から佐々木朗希まではさらに長い28年間の空白がありました。

また、奪三振数にも大きな違いがあります。

- 最多奪三振:佐々木朗希の19奪三振
- 2番目に多い奪三振:外木場義郎の16奪三振
- 最少奪三振:高橋善正の1奪三振
- 最少投球数:宮地惟友の79球

特に興味深いのは、高橋善正がわずか1奪三振で完全試合を達成していることです。

完全試合は三振を大量に奪う競技ではありません。内野ゴロや外野フライを含め、すべての打者を出塁させずにアウトにできれば成立します。

この記録は、投手の奪三振能力だけでなく、制球力や打たせて取る投球、守備陣との連携も重要であることを示しています。

【歴史を振り返る】藤本英雄から槙原寛己までの完全試合の系譜

日本プロ野球の完全試合の歴史を理解するうえで、特に重要なのが藤本英雄、金田正一、外木場義郎、今井雄太郎、槙原寛己の存在です。

1950年・藤本英雄が史上初の完全試合を達成


史上初の達成者
1950年6月28日・巨人
対西日本戦、4対0、92球、7奪三振。

日本プロ野球初の完全試合を達成したのが、巨人の藤本英雄です。

1950年6月28日、青森球場で行われた西日本戦で、藤本は相手打者27人を一人も出塁させず、4対0で勝利しました。

投球数は92球、奪三振は7個です。

この記録は、日本プロ野球における完全試合の歴史の出発点となりました。

NPBの公式記録では、藤本は32歳1か月で達成しており、完全試合の最年長達成記録も保持しています。

1957年・金田正一も完全試合を達成


1957年8月21日・国鉄
対中日戦、1対0、88球、10奪三振。

日本プロ野球を代表する大投手、金田正一も完全試合達成者の一人です。

1957年8月21日、中日戦で1対0の勝利を収めました。

特筆すべきは、88球という投球数で10奪三振を記録したことです。

金田は通算400勝を達成した歴史的な投手でもあり、完全試合という大記録も残しています。

1968年・外木場義郎の16奪三振


1968年9月14日・広島
対大洋戦、2対0、114球、16奪三振。

外木場義郎の完全試合は、奪三振数の面で歴代屈指の記録です。

114球で16奪三振を記録し、相手打線を圧倒しました。

外木場は完全試合だけでなく、通算3度のノーヒットノーランを達成した投手としても知られています。

一度の快投だけではなく、長期にわたって打者を封じ込める能力を持っていたことが分かります。

1978年・今井雄太郎が阪急で達成


1978年8月31日・阪急
対ロッテ戦、5対0、100球、3奪三振。

1978年8月31日、阪急の今井雄太郎がロッテ戦で完全試合を達成しました。

この記録は、NPBで14人目の完全試合です。

今井の記録以降、次の達成者が現れるまで16年間の時間が流れました。

1994年・槙原寛己が28年の空白につながる歴史的快挙


NPB史上15人目
1994年5月18日・巨人
対広島戦、6対0、102球、7奪三振。

1994年5月18日、巨人の槙原寛己が福岡ドームで広島を相手に完全試合を達成しました。

スコアは6対0。102球で7奪三振を記録し、27人の打者をすべてアウトに仕留めています。

この試合は平成時代の日本プロ野球で唯一の完全試合です。

槙原の達成後、NPBでは完全試合が長く生まれませんでした。

そして2022年4月10日、佐々木朗希が新たな歴史を作るまで、実に28年近い歳月が流れることになります。

【28年ぶりの快挙】佐々木朗希が20歳5か月で達成した完全試合の全貌

2022年4月10日、日本プロ野球の歴史に残る試合が行われました。

千葉ロッテマリーンズ対オリックス・バファローズの一戦で、ロッテの佐々木朗希が完全試合を達成したのです。

この記録は、槙原寛己が1994年に達成して以来、28年ぶりとなるNPB史上16人目の快挙でした。

20歳5か月で史上最年少記録を更新

佐々木朗希の完全試合で最も注目されたのが、達成時の年齢です。

当時20歳5か月という若さで、プロ野球史上最年少の完全試合達成者となりました。

それまでの歴史的な達成者たちと比較しても、非常に若い年齢での記録です。

さらに、試合内容も驚異的でした。

記録項目 佐々木朗希の成績
達成日 2022年4月10日
対戦相手 オリックス
試合結果 ロッテ6対0オリックス
達成時の年齢 20歳5か月
投球回 9回
対戦打者 27人
被安打 0
与四球・死球 0
投球数 105球
奪三振 19
連続奪三振 13人

日本野球機構の2022年シーズン記録の回顧でも、これらの数字が公式記録として掲載されています。

1試合19奪三振はプロ野球タイ記録

佐々木朗希の完全試合が特別だった理由は、完全試合という結果だけではありません。

この試合で佐々木は、19奪三振を記録しました。

これは1995年4月21日にオリックスの野田浩司が記録した19奪三振に並ぶ、プロ野球タイ記録です。

さらに、1回から5回にかけて13人連続で三振を奪いました。

13者連続奪三振は、当時のプロ野球新記録です。

つまり佐々木は、完全試合を達成しただけでなく、奪三振に関する歴史的記録も同時に更新したことになります。

捕手・松川虎生とのバッテリーにも注目


2022年・佐々木朗希とのバッテリー
佐々木の完全試合を支えた捕手。若いバッテリーによる歴史的な快挙としても記憶されています。

この試合では、捕手の松川虎生とのバッテリーも大きな注目を集めました。

投手がどれだけ優れた球を投げても、捕手との意思疎通や配球の組み立てがなければ、9イニングを完璧に抑えることは簡単ではありません。

NPB公式の試合記録では、佐々木は27人の打者に対して被安打0、四球0、死球0、19奪三振という成績を残しています。

最後の打者を三振に仕留めた瞬間、完全試合が成立しました。

【徹底比較】完全試合とノーヒットノーランの違いは?

野球の記録で混同されやすいのが、完全試合とノーヒットノーランです。

どちらも投手の素晴らしい記録ですが、達成条件には明確な違いがあります。

完全試合とノーヒットノーランの比較

比較項目 完全試合 ノーヒットノーラン
被安打 0 0
失点 0 0
四球 0 許される
死球 0 許される
失策による出塁 0 許される
走者の出塁 一切許されない 許される
27人連続アウト 必要(9回の場合) 不要
難易度 より厳しい 完全試合より条件が緩い

ノーヒットノーランは四球やエラーがあっても成立する

ノーヒットノーランは、相手にヒットを1本も打たれず、無失点で試合を終える記録です。

ただし、四球や死球、野手のエラーによって走者が出塁しても、無安打無得点を維持できれば成立します。

例えば、投手が27人の打者と対戦して、2人にフォアボールを与えたとします。

その後、残りの打者をすべてアウトにし、得点も許さなければ、ノーヒットノーランは成立します。

しかし、四球によって走者を出しているため、完全試合にはなりません。

完全試合はノーヒットノーランより厳しい記録

両者の関係を簡単に表すと、次のようになります。

- 完投:投手が試合終了まで一人で投げる。
- 完封:相手に1点も与えずに勝利する。
- ノーヒットノーラン:無安打・無失点で勝利する。
- 完全試合:無安打・無失点に加え、一人の走者も許さず勝利する。

完全試合を達成すれば、同時にノーヒットノーランと完封、完投の条件も満たします。

一方、ノーヒットノーランを達成しても、四球や失策による出塁があれば完全試合にはなりません。

この条件の差が、完全試合が極めて希少な理由です。

【2026年最新】NPBの完全試合達成者は16人のまま?最新記録を検証

2026年10月31日時点で、日本プロ野球の完全試合達成者は16人・16度のままです。

最後に完全試合を達成したのは、2022年4月10日の佐々木朗希です。

NPB公式の歴代無安打無得点試合記録には、2026年の新しい記録も追加されていますが、完全試合の達成者は16人から増えていません。

2026年にもノーヒットノーランは生まれている

注目したいのは、完全試合とノーヒットノーランの発生状況の違いです。

2026年3月31日には、日本ハムの細野晴希がロッテ戦で無安打無得点を達成しました。

試合結果は日本ハムの9対0。細野は12奪三振を記録しています。

しかし、NPB公式記録によると、対戦打者は29人で四死球も2つありました。

つまり、素晴らしいノーヒットノーランではあるものの、完全試合ではありません。

さらに2026年7月9日には、ヤクルトが広島戦で3投手の継投による無安打無得点試合を達成しています。

こちらも個人の完全試合とは異なる記録として、NPBの公式記録に掲載されています。

2026年時点で確認しておきたい3つの記録

記録 2026年10月時点の状況
NPB完全試合 16人・16度
最後の完全試合 2022年4月10日
最新の完全試合達成者 佐々木朗希
最新達成年齢記録 20歳5か月
2026年の個人ノーヒットノーラン 細野晴希が達成
2026年の継投ノーヒットノーラン ヤクルトが7月9日に達成

完全試合がなかなか生まれない理由

完全試合が28年間も生まれなかった背景には、達成条件の厳しさがあります。

特に現代野球では、投手の肩や肘への負担を考慮した投球管理が重視され、先発投手が9回を一人で投げ切る機会そのものが限られています。

さらに、打者の選球眼や出塁能力が高まる中で、四球や死球、エラーなどを一切許さない投球を続けることは容易ではありません。

仮に投手が8回まで一人の走者も許さなかったとしても、最後の9回に四球を一つ与えれば完全試合は成立しなくなります。

完全試合は、投手の能力だけでなく、制球、配球、守備、集中力、試合展開がすべてかみ合って初めて生まれる記録なのです。

【プロの結論】完全試合を見るときに注目すべきポイント

完全試合の価値を正しく理解するには、奪三振数や球速だけで評価しないことが大切です。

例えば、高橋善正の1奪三振と佐々木朗希の19奪三振は、数字だけを見るとまったく異なる投球内容です。

しかし、どちらも27人を一人も出塁させずに抑えたという点では、同じ完全試合です。

記録を比較する際は、次の3点を確認すると理解が深まります。

1. 出塁を許していないか: 被安打だけでなく、四球・死球・失策による出塁も確認する。
2. 一人の投手が最後まで投げているか: 継投による無安打無得点と区別する。
3. 公式記録上の達成条件を満たしているか: NPBの記録表で完全試合として登録されているかを確認する。

この基準を押さえれば、完全試合とノーヒットノーラン、継投による無安打無得点の違いを正しく理解できます。

【完全試合達成者】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:日本プロ野球の完全試合達成者は歴代何人ですか?

A1:2026年10月31日時点で16人です。1950年6月28日の藤本英雄から2022年4月10日の佐々木朗希まで、16人が達成しています。

Q2:日本プロ野球で最後に完全試合を達成したのは誰ですか?

A2:千葉ロッテマリーンズの佐々木朗希です。2022年4月10日のオリックス戦で、28年ぶりとなる完全試合を達成しました。

Q3:完全試合の史上最年少記録は何歳ですか?

A3:20歳5か月です。2022年4月10日に佐々木朗希が達成し、NPB史上最年少記録を樹立しました。

Q4:完全試合とノーヒットノーランは何が違いますか?

A4:完全試合は相手打者を一人も出塁させずに勝利する記録です。ノーヒットノーランは無安打・無失点で勝利する記録で、四球や死球、失策による出塁は認められます。

Q5:佐々木朗希の完全試合は何奪三振でしたか?

A5:19奪三振です。プロ野球タイ記録であり、さらに13者連続奪三振という新記録も達成しました。投球数は105球でした。

Q6:槙原寛己が完全試合を達成したのは何年ですか?

A6:1994年5月18日です。巨人の投手として福岡ドームで広島を相手に6対0で勝利し、102球、7奪三振で完全試合を達成しました。

Q7:2026年に新しい完全試合達成者は誕生しましたか?

A7:2026年10月31日時点では誕生していません。NPBの公式記録では、佐々木朗希が達成した2022年4月10日の完全試合が最新記録です。

まとめ:完全試合達成者16人の歴史と今後の新記録に注目

日本プロ野球の完全試合は、1950年の藤本英雄から2022年の佐々木朗希まで、歴代16人しか達成していない極めて希少な記録です。

特に押さえておきたい歴史的な節目は次のとおりです。

- 1950年: 藤本英雄が日本プロ野球史上初の完全試合を達成。
- 1978年: 今井雄太郎が阪急で完全試合を達成。
- 1994年: 槙原寛己が平成唯一の完全試合を達成。
- 2022年: 佐々木朗希が28年ぶり、史上最年少の20歳5か月で達成。
- 2026年: 完全試合達成者は16人のまま。佐々木朗希が最新の達成者として記録されている。

完全試合とノーヒットノーランの違いを理解すると、16人の偉業がどれほど難しいものだったのかが、より鮮明になります。

今後、新たな17人目が誕生するのはいつなのか。佐々木朗希の記録に並ぶ投手、あるいはそれを超える投手が現れるのか。

日本プロ野球の歴史に新たな1ページが加わる瞬間に、引き続き注目したいところです。