天覧相撲2026を徹底解説!1月18日の両陛下・愛子さまご観覧と昭和・平成の歴史
2026年1月18日、東京・両国国技館で開催された大相撲初場所8日目に、天皇皇后両陛下と長女の愛子さまがご来場になり、6年ぶりとなる天覧相撲が実現した。令和に入ってから2度目の開催で、天皇ご一家がそろって本場所を観戦されるのは2020年1月25日の初場所14日目以来となる。
今回の天覧相撲では、愛子さまの華やかな振り袖姿や、貴賓席に向けられた満員の観客の拍手が注目を集めた。一方、土俵では2横綱2大関がそろって敗れるという、1955年以降の天覧相撲では初めての大波乱も発生。昭和天皇の生涯51回、平成の23回という観戦記録や、明治時代にさかのぼる天覧相撲の歴史にも関心が集まっている。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 開催日:2026年1月18日、大相撲初場所8日目に両国国技館で6年ぶりの天覧相撲を実施。
- ご観覧者:天皇皇后両陛下と愛子さま。令和に入って2度目の天覧相撲となった。
- 歴史と回数:昭和天皇は生涯51回、平成は23回。昭和の戦後における国技館での観戦は40回。
- 当日の波乱:2横綱2大関が全員敗北。1955年の国技館での天覧相撲開始以降、初めての出来事となった。
- 特別な記念品:関係者に配られた大入り袋には「行幸啓記念」の文字が記された。
【2026年1月18日】天覧相撲は初場所8日目に開催!両陛下と愛子さまがご観覧

2026年の天覧相撲は、1月18日の日曜日、大相撲初場所8日目に実施された。会場は東京・墨田区の両国国技館。日本相撲協会は1月9日に天皇陛下が初場所を観戦されることを発表し、6年ぶりの開催が明らかになった。
宮内庁が公表した「天皇ご一家のご日程」にも、1月18日の予定として、天皇皇后両陛下と愛子内親王殿下による「大相撲一月場所(8日目)」のご覧が記載されている。
今回の大きな特徴は、天皇陛下だけでなく、皇后雅子さまと愛子さまも一緒に観戦されたことだ。2020年の前回に続き、天皇ご一家そろっての相撲観戦となった。
午後5時ごろ、貴賓席にご入場
当日、天皇皇后両陛下と愛子さまが国技館に姿を見せられたのは、幕内後半戦が始まる時間帯だった。
日刊スポーツの現地報道によると、午後5時1分に場内アナウンスでご入場が伝えられ、午後5時2分には2階の貴賓席に着席された。
八角理事長をはじめとする日本相撲協会の関係者が出迎え、審判を務める親方衆や出番を待つ幕内力士も貴賓席に向かって直立。超満員の観客も立ち上がり、大きな拍手と歓声でお迎えした。
愛子さまはピンクの振り袖姿、皇后雅子さまも和装でご観覧
当日の装いも注目された。
- 天皇陛下:スーツにネクタイ。
- 皇后雅子さま:淡い色合いを基調とした着物姿。
- 愛子さま:華やかなピンク色の振り袖姿。
特に愛子さまの振り袖姿は、テレビ中継を通じても注目を集めた。NHKの中継に映ったご一家の姿を受け、SNSでも着物姿や穏やかな笑顔に関する反応が相次いだと報じられている。
また、国技館では通常とは異なる警備体制が敷かれ、入口での手荷物検査や警察官の配置も報道された。皇室のご来場に伴う特別な警備が行われたことも、当日の特徴だった。
【当日の注目ポイント】天覧相撲で2横綱2大関が全敗する歴史的波乱
2026年1月18日の天覧相撲は、皇室のご観覧だけでなく、土俵上の結果でも大きな話題を残した。
この日の幕内後半戦では、横綱・大関陣が次々と敗れる展開となった。横綱2人と大関2人が全員敗れるという異例の結果で、共同通信によると、1955年に蔵前国技館で天覧相撲が始まって以来、初めての出来事だった。
上位陣を襲った4連続の黒星
主な取組結果は次のとおり。
- 大の里:伯乃富士に押し出されて敗北。
- 豊昇龍:大栄翔にはたき込みで敗北。
- 安青錦:霧島との1敗同士の対決に敗北。
- 琴櫻:王鵬に押し出されて敗北。
特に注目されたのは、両横綱の大の里と豊昇龍がそろって敗れたことだ。さらに新大関の安青錦も関脇霧島に敗れ、大関琴櫻も黒星を喫した。
これにより、優勝争いでは関脇霧島と平幕の阿炎が1敗で並ぶ展開となった。天覧相撲という特別な舞台で、番付上位の力士が全員敗れるという予想外の結果が生まれたのである。
天皇陛下は取組の技術的な部分にも関心
観戦後の様子についても、興味深い報道があった。
共同通信によると、八角理事長(元横綱・北勝海)は、天皇陛下から土俵の四隅に設けられていた四本柱がいつなくなったのかについて質問を受けたと説明した。四本柱は1952年の秋場所から撤廃されている。
また、スポーツニッポンの報道では、徳俵の意味についても質問されたと伝えられている。力士の名前や相撲の技術に関する知識も深く、八角理事長は陛下が相撲に詳しいことに触れていた。
愛子さまについては、取組表に勝敗を記録しながら観戦されていたことも報じられた。西方の力士が続けて勝っていることに気づかれるなど、勝負の流れを追いながら楽しまれていた様子が紹介されている。
単に儀礼的に観戦するのではなく、競技そのものに関心を寄せられていたことが伝わるエピソードだ。
【昭和51回・平成23回・令和2回】天覧相撲の歴史と年代別開催記録
天覧相撲の歴史は、現在の大相撲の興行制度よりも古い時代にさかのぼる。天皇が相撲を観覧する文化は長い歴史を持ち、明治以降も皇室と相撲界の関係を象徴する行事として受け継がれてきた。
今回の2026年開催を理解するうえで重要なのが、昭和・平成・令和の観戦回数と、国技館での開催記録を区別することだ。
天覧相撲の主要な歴史年表
| 年代・年月日 | 出来事・関係者 | 回数・歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1868年(慶応4年)4月17日 | 明治天皇が大阪の坐摩神社で京都相撲を天覧 | 近代の天覧相撲の起点として伝えられる |
| 1955年(昭和30年)5月場所10日目 | 昭和天皇が蔵前国技館で観戦 | 在位中の天皇による国技館での本場所観戦の初例 |
| 昭和時代 | 昭和天皇による天覧相撲 | 生涯51回、うち戦後の国技館で40回 |
| 1990年夏場所〜2019年初場所 | 平成時代の天覧相撲 | 23回 |
| 2020年1月25日 | 令和2年初場所14日目、天皇皇后両陛下と愛子さまが観戦 | 令和初の天覧相撲 |
| 2026年1月18日 | 令和8年初場所8日目、天皇皇后両陛下と愛子さまが観戦 | 令和2度目、6年ぶりの開催 |
昭和天皇の51回と戦後40回はどう違う?
天覧相撲の回数を調べると、昭和について「51回」と「40回」という2種類の数字が登場する。
これは集計対象の違いによるものだ。
昭和天皇は、生涯を通じて51回相撲を観戦されたとされる。一方、共同通信が日本相撲協会の記録として紹介している40回は、1955年の戦後初開催から1987年の最後の観戦までの国技館での天覧相撲を指す。
つまり、51回は戦前・戦後を含めた昭和天皇の生涯の観戦回数であり、40回は戦後の国技館での観戦実績という違いがある。
戦前には宮城内などで相撲を観戦された記録があり、戦後の国技館での観戦回数だけを数える場合には51回とは一致しない。
平成の天覧相撲は23回
平成時代の天覧相撲は、1990年の夏場所から2019年の初場所までの間に23回実施された。
内訳は、初場所が20回、夏場所が2回、秋場所が1回とされている。初場所での開催が圧倒的に多かった点も特徴だ。
昭和の51回と比較すると、平成の23回は少なく見える。しかし、昭和の数字には戦前の観戦も含まれるため、単純に開催頻度が半分以下になったと解釈するのは正確ではない。
令和は2020年と2026年の2回
令和に入って最初の天覧相撲は、2020年1月25日の初場所14日目だった。
このときも天皇皇后両陛下と愛子さまが両国国技館を訪れ、幕内後半戦を観戦された。そして2026年1月18日、初場所8日目に再びご一家で観戦され、令和2度目の天覧相撲となった。
このように、天覧相撲は昭和・平成・令和でそれぞれ開催実績が異なり、時代ごとの皇室と大相撲の関わりを映し出している。
【天覧相撲の起源】1868年の明治天皇から国技館での観戦まで
天覧相撲の歴史をたどると、明治時代の出来事が重要な節目となる。
明治元年、坐摩神社での相撲観戦
天覧相撲の起源として知られているのが、1868年(慶応4年)4月17日に大阪で行われた相撲の観戦だ。
この日、明治天皇は大阪行幸の際に坐摩神社を訪れ、京都相撲を天覧されたと伝えられている。坐摩神社の公式由緒にも、明治元年の大阪行幸の際に明治天皇が相撲を天覧されたことが記されている。
なお、日本ではそれ以前から、宮廷行事として相撲が行われていた。奈良・平安時代には相撲節会という宮廷儀式が存在し、天皇が相撲を観覧する文化にはさらに古い歴史がある。
したがって、1868年は相撲の天覧そのものの始まりというより、近代の天覧相撲を語るうえでの重要な起点と位置づけられる。
1955年、昭和天皇が国技館で本場所を観戦
現在の天覧相撲につながる大きな転換点が、1955年(昭和30年)5月場所10日目だ。
この日、昭和天皇が蔵前国技館を訪れ、本場所を観戦された。日本相撲協会の公式クイズでも、在位中の天皇が国技館で本場所を観戦した初めての事例として紹介されている。
当時は千代の山、栃錦、鏡里、吉葉山という4横綱がそろっていた時代だった。
昭和天皇は相撲を好まれたことでも知られ、戦後初の天覧相撲では、久しぶりに相撲を観戦できた喜びを詠んだ御製も残されている。
天覧相撲ならではの言葉遣いと進行
天覧相撲には、通常の本場所とは異なる伝統的な作法もある。
代表的なのが、結びの一番を告げる際の表現だ。
通常の大相撲では、最後の取組を「本日の打ち止め」と表現するが、天覧相撲では「結び」という言葉が使われる。天皇陛下が観戦される特別な場にふさわしい敬意を表す言い回しとされている。
また、天覧相撲では日本相撲協会の理事長が天皇ご一家を案内し、貴賓席で相撲の進行や力士について説明する役割を担う。
競技の進行を維持しながら、皇室をお迎えするための礼式が組み込まれている点に、天覧相撲ならではの特徴がある。
【なぜ開催される?】天覧相撲の開催理由と頻度、宮内庁・日本相撲協会の関係
天覧相撲について検索する人が気になるのが、なぜ開催されるのか、どのくらいの頻度で行われるのかという点だ。
天覧相撲が開催される理由
天覧相撲とは、天皇陛下が大相撲を観戦される機会を指す。日本の伝統文化である相撲を、天皇陛下が国技館で観覧されるという点で、皇室と相撲界の歴史的なつながりを示す行事でもある。
ただし、毎年の開催が法律や制度で定められているわけではない。特定の周年記念や優勝争いの状況によって自動的に開催されるイベントでもない。
2026年の開催については、日本相撲協会が1月9日に初場所8日目の天皇陛下のご観戦を発表した。宮内庁の公表日程にも、同日のご一家による大相撲観覧が記録されている。
このように、相撲協会の公式発表と宮内庁の日程情報によって、開催とご観覧の事実を確認できる。
天覧相撲に決まった開催頻度はある?
天覧相撲には、毎年1回、あるいは何年ごとに1回といった固定周期はない。
昭和時代には51回、平成時代には23回、令和では2026年の開催を含めて2回という記録があるが、各時代の開催間隔は一定ではない。
特に令和では、2020年1月25日の開催から2026年1月18日まで約6年間の間隔が空いた。
ただし、これは6年周期で天覧相撲が行われるという意味ではない。過去の開催記録を見ても、場所や開催日、間隔は一様ではなく、定期興行のように日程が自動的に決まるものではないことが分かる。
日本相撲協会と宮内庁の役割
2026年の天覧相撲を例にすると、両者の情報発信には明確な違いがある。
- 日本相撲協会:天皇陛下のご観戦について発表し、国技館でのお迎えや観戦時の案内などを担う。
- 宮内庁:天皇ご一家の公式日程として、大相撲一月場所8日目のご覧を公表する。
なお、個別の開催日を選定する具体的な協議内容や、2026年1月18日が選ばれた詳細な理由については、公開情報からは特定できない。
初場所の中日が選ばれたことは事実だが、それだけをもって毎年中日に開催する決まりがあると考えるのは誤りだ。
【行幸啓記念の大入り袋】天覧相撲でしか見られない特別な慣習
2026年の天覧相撲では、競技や皇室のご観覧だけでなく、相撲界に伝わる特別な慣習も話題となった。その一つが「行幸啓記念」と記された大入り袋だ。
大入り袋に記された「行幸啓記念」
大相撲では、興行が盛況だった際などに大入り袋が用いられる。2026年1月18日の天覧相撲では、関係者に配られる大入り袋に「行幸啓記念」の文字が記されていた。
通常の大入り袋とは異なり、天皇皇后両陛下をお迎えした特別な一日を記念する意味合いを持つものだ。
ここで注意したいのは、行幸啓記念の大入り袋が一般の観客全員に配られたという意味ではないこと。報道で紹介されたのは、関係者に配られた記念の大入り袋である。
天覧相撲は通常の本場所と何が違う?
天覧相撲も基本的には通常の本場所の取組で構成される。力士の勝敗や番付、優勝争いのルールが変更されるわけではない。
違いが表れるのは、皇室をお迎えするための進行や会場の対応だ。
- 天皇皇后両陛下と愛子さまを貴賓席にお迎えする。
- 日本相撲協会の理事長が案内や説明を行う。
- 力士や審判を務める親方衆、観客がご入場をお迎えする。
- 結びの一番では通常とは異なる伝統的な言葉遣いが用いられる。
- 行幸啓を記念した大入り袋が関係者に配られる。
つまり、天覧相撲は相撲の競技そのものを変更するものではなく、通常の本場所に皇室をお迎えするための特別な儀礼が加わる行事なのである。
【プロの結論】天覧相撲2026から読み解く皇室と大相撲の歴史的な意味
2026年の天覧相撲を振り返ると、注目すべきポイントは大きく3つある。
1. 6年ぶりという数字は開催周期ではなく歴史的な間隔
2020年から2026年までの6年間は、令和における天覧相撲の開催間隔を示している。これを次回開催の予測にそのまま当てはめることはできない。
天覧相撲は定期開催の興行ではなく、皇室の公式日程と相撲協会の行事運営が関わる特別な機会だ。次回の開催日を6年後と決めつけるのではなく、日本相撲協会と宮内庁の正式発表を確認することが適切だ。
2. 昭和51回と40回の違いを理解することが重要
昭和天皇の観戦記録は51回と紹介される一方、戦後の国技館での観戦回数は40回とされる。この違いを理解すると、昭和の天覧相撲が戦前・戦後を通じて続いてきた歴史が見えてくる。
数字だけを並べて昭和と平成の開催頻度を比較するのではなく、どの期間と会場を集計しているかを確認することが、正確な歴史理解につながる。
3. 天覧相撲の価値は勝敗だけではない
2026年は2横綱2大関が全員敗れるという大波乱が起きた。これは競技としての大相撲が持つ予測不能な面白さを示す出来事だった。
一方、天皇陛下が四本柱や徳俵について質問されたこと、愛子さまが取組表を確認しながら観戦されたことからは、相撲の伝統や技術が世代を超えて受け継がれている様子もうかがえる。
天覧相撲を単なる皇室関連ニュースとして見るだけでは、その歴史的な意味を十分に理解できない。明治以来の伝統、昭和・平成・令和の観戦記録、そして現代の大相撲の競技性を合わせて見ることが重要だ。
天覧相撲2026に関するよくある質問(FAQ)
Q1:2026年の天覧相撲はいつ開催されましたか?
A1:2026年1月18日(日)、大相撲初場所8日目に東京・両国国技館で開催されました。天皇皇后両陛下と愛子さまがご観覧になり、2020年1月25日以来6年ぶりの開催となりました。
Q2:天覧相撲2026では愛子さまも観戦されましたか?
A2:はい。天皇皇后両陛下とともに愛子さまもご来場になりました。ピンク色の振り袖姿で貴賓席から幕内後半戦を観戦され、取組表に勝敗を記録しながら相撲を楽しまれていたことも報道されています。
Q3:昭和の天覧相撲は51回ですか、40回ですか?
A3:どちらも正しい数字ですが、集計範囲が異なります。昭和天皇の生涯における観戦回数は51回で、そのうち戦後の国技館での観戦は40回です。
Q4:天覧相撲は何年ごとに開催されますか?
A4:決まった開催周期はありません。2020年1月の初場所14日目から2026年1月の初場所8日目までは6年間空きましたが、6年ごとの定例行事というわけではありません。
Q5:行幸啓記念の大入り袋とは何ですか?
A5:2026年1月18日の天覧相撲で、関係者に配られた大入り袋です。「行幸啓記念」と記され、天皇皇后両陛下をお迎えした特別な開催を記念するものとして報道されました。
まとめ:天覧相撲2026は令和の大相撲史に残る特別な一日
2026年1月18日の天覧相撲は、天皇皇后両陛下と愛子さまが両国国技館を訪れ、6年ぶりに実現した令和2度目の開催となった。
昭和天皇の生涯51回、平成23回という観戦記録に加え、2020年から2026年までの令和の歩みを振り返ることで、天覧相撲が長い歴史を持つ特別な行事であることが分かる。
さらに、2026年は2横綱2大関がそろって敗れるという1955年以降初めての波乱が発生。愛子さまの振り袖姿や、天皇陛下の相撲に関する専門的な質問、行幸啓記念の大入り袋など、記憶に残る話題も多かった。
天覧相撲の開催頻度に固定周期はなく、次回の開催時期も現段階で決まっているわけではない。今後も日本相撲協会の発表や宮内庁の公式日程を確認することが、最新情報を正確に把握するための基本となる。
2026年の天覧相撲は、皇室と大相撲が長年にわたり築いてきた関係を改めて感じさせるとともに、伝統ある国技の舞台で生まれた歴史的な一日として記録されることになった。
主な事実確認資料: 宮内庁の2026年1月公式日程、日本相撲協会の公式資料、共同通信、日刊スポーツ、スポーツニッポン、坐摩神社公式由緒。