山尾志桜里の不倫疑惑は何が報じられた?2017年否定から2025年謝罪、2026年の現在まで徹底解説
山尾志桜里氏をめぐる不倫疑惑は、2017年9月の週刊文春報道をきっかけに大きな政治問題へと発展しました。報道された相手は弁護士の倉持麟太郎氏。山尾氏は同年9月7日の記者会見でホテルへの宿泊を認めた一方、男女関係については明確に否定し、民進党に離党届を提出しました。
その後、2025年6月の国民民主党からの参院選出馬会見で、山尾氏は8年前の自分の行動や当時の対応について謝罪。しかし、不倫疑惑の具体的な事実関係については新たな説明を控えました。公認内定の取り消し、無所属での出馬、落選を経た2026年現在は、弁護士やIPAC日本ディレクターとして活動しています。
ここでは、週刊文春が報じた内容、倉持麟太郎氏との関係、本人の説明、2025年の会見と選挙結果、現在の仕事までを時系列で整理します。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 2017年の報道:週刊文春が倉持麟太郎弁護士とのホテル宿泊や頻繁な接触を報道した。
- 本人の説明:2017年9月7日の会見で「男女の関係はない」と不倫疑惑を否定した。
- 2025年の謝罪:過去の行動と対応の未熟さを謝罪したが、疑惑の詳細については説明を控えた。
- 政治活動の転換:国民民主党の公認内定が取り消され、無所属で参院選に出馬したものの落選した。
- 2026年現在:弁護士として活動し、IPAC日本ディレクターなどの立場で活動している。
【先に結論】山尾志桜里の不倫疑惑の真相は?報道と本人の説明を整理

山尾志桜里氏の不倫疑惑を理解するうえで、最初に押さえたいのは、週刊誌が報じた内容と、本人が公式に説明した内容は異なるという点です。
2017年の週刊文春報道では、山尾氏と倉持麟太郎弁護士が頻繁に接触し、都内のホテルに宿泊したとされる状況が取り上げられました。
一方、山尾氏はホテルに宿泊したこと自体は認めながら、倉持氏との男女関係については否定しています。
2025年の会見でも、この基本的な説明を撤回したわけではありません。
不倫疑惑について確認できる事実
| 確認項目 | 内容 |
|---|---|
| 報道された時期 | 2017年9月 |
| 報道した媒体 | 週刊文春 |
| 報道対象となった相手 | 倉持麟太郎弁護士 |
| 報道の主な内容 | 頻繁な接触、ホテルへの宿泊など |
| 山尾氏の説明 | ホテルには1人で宿泊し、男女関係はない |
| 2025年の対応 | 過去の行動と説明対応の未熟さを謝罪 |
| 不倫の事実関係 | 本人は否定。公開された説明だけでは確定できない |
重要なのは、ホテルへの出入りや接触が報じられたことと、男女関係が実際にあったと証明されたことは別だという点です。
報道をもって不倫が確定したわけではなく、山尾氏自身も一貫して男女関係を否定してきました。
一方で、政治家としての説明責任をめぐっては、2017年当時から2025年の再出馬会見まで、批判が繰り返されました。
【2017年9月】週刊文春は何を報じた?倉持麟太郎とのホテル宿泊報道
2017年9月7日発売・週刊文春2017年9月14日号
報道の中心となったのは、山尾志桜里氏と弁護士の倉持麟太郎氏の接触状況でした。
週刊文春が報じたホテル宿泊と接触
2017年9月7日発売の週刊文春は、「山尾志桜里 イケメン弁護士と『お泊まり禁断愛』」という見出しで疑惑を報じました。
記事では、倉持氏との頻繁な接触や、東京都内のホテルでの宿泊などが取り上げられています。
特に注目されたのが、2017年9月2日のホテルでの行動です。
週刊文春は、山尾氏と倉持氏が時間をずらして同じホテルに入る様子を写真付きで報道しました。また、8月末から9月初めにかけて複数回接触していたとも伝えています。
ただし、これらは週刊誌による取材・報道内容です。ホテルへの出入りの写真だけで、男女関係の存在まで証明できるわけではありません。
倉持麟太郎とはどのような人物だったのか
弁護士。2017年の週刊文春報道で山尾氏との関係が取り上げられた人物です。
山尾氏は当時、政策面で助言を受ける関係にあったと説明しています。
山尾氏は2017年9月7日の会見で、倉持氏について政策ブレーンとして手伝ってもらっていたと説明しました。
打ち合わせは2人の場合も複数人の場合もあり、弁護士の自宅で行うこともあったというのが山尾氏側の説明です。
つまり、山尾氏は倉持氏との接触そのものを否定していたわけではありません。仕事上の関係があり、頻繁に連絡を取り合っていたことを説明したうえで、男女関係について否定したのです。
2017年9月7日の記者会見で何を語った?
週刊文春の発売日と同じ2017年9月7日、山尾氏は民進党の大島敦幹事長に離党届を提出し、国会内で記者会見を行いました。
その際、ホテル宿泊と男女関係について、次のように説明しました。
「本件記事記載のホテルには私1人で宿泊した。倉持弁護士と男女の関係はない」
これは当時の山尾氏の公式な説明です。
さらに、誤解を生じさせるような行動によって周囲に迷惑をかけたことについて謝罪しました。
しかし、会見では用意した文書を読み上げる形にとどまり、記者からの質問には応じませんでした。
報道各社は、この対応についても大きく取り上げています。
なぜ不倫を否定しながら離党したのか
山尾氏が離党を決断した理由として説明したのは、民進党や支援者への影響でした。
当時、民進党は新体制の発足直後で、これから臨時国会で重要な論戦を控えていました。
山尾氏は、今回の騒動を国会論戦に持ち込めば、党や支援者にさらなる迷惑をかけると判断したと説明しています。
つまり、離党は不倫の事実を認めたことによるものではありません。
本人は男女関係を否定したまま、政治的な混乱を避けるために離党を選択したというのが、当時の公表された経緯です。
民進党は翌9月8日に離党届を受理する方針を決めました。
【時系列で整理】民進党離党から2025年の国民民主党公認見送り・落選まで
山尾氏の不倫疑惑は、2017年の報道だけで終わったわけではありません。
その後も政治活動の節目で繰り返し取り上げられ、2025年の国政復帰をめぐる問題にもつながりました。
ここでは、主要な出来事を時系列で整理します。
| 時期 | 出来事 | 内容・確認できる事実 |
|---|---|---|
| 2009年 | 衆議院議員に初当選 | 旧民主党から出馬 |
| 2016年 | 民進党政調会長 | 待機児童問題などで注目 |
| 2017年9月7日 | 週刊文春報道 | 倉持麟太郎氏との不倫疑惑が報じられる |
| 2017年9月7日 | 記者会見・離党届提出 | 男女関係を否定し、民進党に離党届を提出 |
| 2017年9月8日 | 離党届の受理方針 | 民進党が受理を決定 |
| 2021年 | 政界引退 | 衆議院議員としての活動を終える |
| 2025年5月14日 | 国民民主党が擁立発表 | 参院選比例代表候補として発表 |
| 2025年6月10日 | 出馬会見 | 過去の対応を謝罪する一方、詳細説明は控える |
| 2025年6月11日 | 公認内定取り消し | 国民民主党が公認見送りを決定 |
| 2025年6月12日 | 国民民主党に離党届 | 山尾氏が党の対応を批判 |
| 2025年7月 | 無所属で参院選出馬 | 東京選挙区から立候補 |
| 2025年7月20日 | 落選 | 東京都選挙管理委員会の確定結果で106,230票 |
| 2026年 | 弁護士活動 | IPAC日本ディレクターなどとして活動 |
2021年の政界引退と弁護士活動への転換
山尾氏は2009年に衆議院議員に初当選し、3期10年にわたって国政に携わりました。
待機児童問題を取り上げた国会質問などで知名度を高め、民進党では政調会長も務めています。
2021年には衆院選に出馬せず、政界引退を表明しました。
その後は本名の菅野志桜里名義でも活動し、弁護士としての仕事や国際人道・人権外交に関する活動を続けてきました。
【2025年6月会見】山尾志桜里は過去の不倫疑惑について何を謝罪した?
2025年6月10日、山尾氏は国民民主党からの参院選出馬に関する記者会見を開きました。
この会見は、2017年の疑惑について改めて説明する機会としても注目されました。
会見時間は約2時間半。報道陣からは政策だけでなく、過去の不倫疑惑についても厳しい質問が相次ぎました。
「8年前の自分には大変おごりがあった」と謝罪
山尾氏は会見の冒頭、2017年当時の自分の行動と対応を振り返り、次のように述べました。
「8年前の自分には大変おごりがあった」
「8年前の自分の行動と対応の未熟さをおわび申し上げます」
ここで注目すべきなのは、謝罪の対象です。
山尾氏が謝罪したのは、当時の行動や疑惑を指摘された際の対応の未熟さです。
不倫の事実そのものを認めたわけではありません。
2017年に示した男女関係の否定を撤回したという説明もありませんでした。
なぜ2025年も不倫疑惑の詳細を説明しなかったのか
会見では、男女関係が実際にあったのかという質問が繰り返されました。
これに対し、山尾氏は当時の説明以上に新しい言葉を紡ぐことは控えたいという趣旨の回答をしました。
また、さまざまな人や家庭、それぞれの事情に配慮したいという考えも示しています。
報道によれば、山尾氏は次のような説明を繰り返しました。
「今、新しく言葉をつむぐことは、ご容赦をいただきたい」
さらに、当時報道された男性とは現在、仕事でも私生活でも特段の交流はないと説明しました。
会見では謝罪の言葉を重ねましたが、記者が求めていた疑惑の具体的な経緯については、新たな説明が示されませんでした。
2017年と2025年の説明はどう違う?
| 比較項目 | 2017年9月 | 2025年6月 |
|---|---|---|
| 会見の目的 | 報道への対応と離党の説明 | 参院選出馬の説明 |
| 男女関係 | 明確に否定 | 2017年の説明を基本的に維持 |
| ホテル宿泊 | 1人で宿泊したと説明 | 新しい具体的説明は控える |
| 謝罪の対象 | 誤解を招く行動 | 当時の行動と対応の未熟さ |
| 質疑応答 | 質問に応じず退席 | 約2時間半の会見で質問に対応 |
| 新しい事実関係 | 男女関係を否定 | 疑惑の詳細は明らかにせず |
この比較から分かるのは、2025年の会見では謝罪と質疑応答の姿勢に変化があった一方、疑惑の核心部分については新しい説明がなかったということです。
山尾氏は2017年当時の対応を反省しましたが、疑惑そのものについて新たな事実を認めたわけではありません。
【公認見送りの背景】国民民主党はなぜ山尾志桜里の擁立を取り消した?
2025年の騒動を理解するには、国民民主党の公認見送りまでの流れを確認する必要があります。
5月14日に参院選比例代表候補として発表
国民民主党は2025年5月14日、山尾氏を含む元国会議員4人を参院選の比例代表候補として擁立する方針を発表しました。
山尾氏は2021年の政界引退後、弁護士などとして活動していましたが、玉木雄一郎代表からの誘いを受けて国政復帰を目指すことになりました。
ところが、擁立発表後、2017年の不倫疑惑報道や過去の政治活動に関する問題が再び取り上げられ、党内外から批判が出ました。
6月10日の会見翌日に公認内定を取り消し
2025年6月10日の会見で、山尾氏は過去の対応を謝罪しました。
しかし、不倫疑惑の具体的な説明については控える姿勢を崩しませんでした。
翌11日、国民民主党は両院議員総会で公認内定の取り消しを決定しました。
テレビ朝日やTBSの報道によれば、党側は有権者や全国の党関係者から十分な理解と信頼を得られないと判断したと説明しています。
榛葉賀津也幹事長も、全国の都道府県連や地方議員から公認を見送ってほしいという声があったことを明らかにしました。
ここで重要なのは、党が問題視したのは不倫疑惑の真偽だけではなく、過去の問題についての説明が十分だったかどうかという政治的な信頼の問題だったことです。
6月12日に離党届を提出
公認内定取り消しを受け、山尾氏は6月12日に声明を発表しました。
党の決定について、会見から24時間も経たないうちに結論が出たことに驚いたとし、国民民主党の統治能力に疑問を呈しました。
そのうえで、党に離党届を提出したと明らかにしています。
当初の比例代表での出馬計画は白紙となりましたが、山尾氏は政界復帰を断念しませんでした。
2025年参院選は無所属で東京選挙区から出馬
7月に入ると、山尾氏は無所属で東京選挙区から立候補することを表明しました。
選挙戦では中道政治を掲げ、女性天皇の容認、憲法改正による安全保障、自主防衛などの政策を訴えました。
しかし、7月20日の投開票で落選が確実となりました。
東京都選挙管理委員会の確定結果によると、山尾氏の得票数は106,230票でした。
【2026年現在】山尾志桜里は何をしている?弁護士・IPAC日本ディレクターとしての活動
2026年10月現在、山尾氏は国会議員ではありません。
2025年の参院選で落選した後も、弁護士として活動を続けています。
また、政治家時代から取り組んできた人権外交や国際問題に関する活動も継続しています。
弁護士としての活動
2026年3月15日付で掲載された日本GR協会の登壇者プロフィールでは、山尾氏は弁護士として紹介されています。
同プロフィールでは、東京大学法学部を卒業後に検察官となり、2009年から3期10年にわたり衆議院議員を務めた経歴も紹介されています。
2026年10月には、NPO法人うぐいすリボンが主催する講演会に講師として登壇しました。
テーマは「再審法改正と言論の自由-証拠の目的外使用禁止のあり方を考える」です。
元検察官・弁護士として、刑事司法や冤罪、表現の自由といった法律分野の問題に取り組んでいることが分かります。
IPAC日本ディレクターとしての活動
山尾氏の現在の肩書として注目されるのが、IPAC日本ディレクターです。
IPACは、Inter-Parliamentary Alliance on Chinaの略称で、日本語では対中政策に関する列国議会連盟と呼ばれます。
各国の議員らが参加し、中国に関する政策や人権、民主主義、国際秩序などの問題について連携する国際的な枠組みです。
山尾氏は国会議員時代から人権外交や対中政策に関心を持ち、議員引退後もこの分野に携わってきました。
2026年の日本GR協会のプロフィールでも、IPAC日本ディレクターとして紹介されています。
2026年の具体的な発信活動
2026年9月には、米国による国際刑事裁判所(ICC)への制裁問題を取り上げ、日本政府の対応や国際司法のあり方について提言する記事を発表しています。
また、10月には刑事司法と表現の自由をテーマとした講演会にも登壇しました。
こうした活動から、2026年現在の山尾氏の活動領域は、国会での議員活動から、法律実務、国際人権、司法制度に関する発信へと移っていることが分かります。
なお、2026年の活動状況は講演会の告知や登壇者プロフィール、寄稿などで確認できるものであり、現在の政治的な所属や国政復帰が決まったという意味ではありません。
【よくある質問】山尾志桜里の不倫疑惑に関するFAQ
Q1:山尾志桜里の不倫相手と報じられた人物は誰ですか?
A1:弁護士の倉持麟太郎氏です。2017年9月の週刊文春が、2人の接触やホテル宿泊などを報じました。ただし、山尾氏は男女関係を否定しています。
Q2:山尾志桜里は2017年の不倫疑惑を認めたのですか?
A2:認めていません。2017年9月7日の記者会見で、ホテルには1人で宿泊したと説明し、倉持氏との男女関係を否定しました。
Q3:2025年の会見で不倫を認めて謝罪したのですか?
A3:不倫そのものを認めたわけではありません。謝罪したのは、当時の行動と指摘を受けた際の対応の未熟さです。疑惑の詳細については新しい説明を控えました。
Q4:なぜ国民民主党の公認を取り消されたのですか?
A4:2025年6月10日の出馬会見で過去の問題について十分な説明が得られなかったことなどから、党内外の理解や信頼を得るのが難しいと判断されたためです。翌11日に公認内定の取り消しが決まりました。
Q5:山尾志桜里は2025年の参院選で当選しましたか?
A5:落選しました。国民民主党の公認内定取り消し後、無所属で東京選挙区から出馬しましたが、東京都選挙管理委員会の確定結果は106,230票でした。
Q6:山尾志桜里は2026年現在、何をしていますか?
A6:弁護士として活動しています。また、IPAC日本ディレクターとして対中政策や国際人権問題にも関わっています。2026年には法律や司法制度に関する講演・発信も確認できます。
まとめ:山尾志桜里の不倫疑惑は何が明らかになり、何が未解決なのか
山尾志桜里氏の不倫疑惑をめぐる一連の経緯は、2017年の週刊文春報道から2025年の参院選出馬会見、そして2026年の現在まで続いています。
重要なポイントは、次の4つです。
1. 2017年の報道:倉持麟太郎弁護士との接触やホテル宿泊が週刊文春によって報じられた。
2. 本人の説明:山尾氏はホテルに1人で宿泊したと説明し、男女関係を否定した。
3. 2025年の謝罪:当時の行動や対応の未熟さについて謝罪したものの、疑惑の詳細について新たな説明は行わなかった。
4. 2026年の現在:政治家としての活動から離れ、弁護士やIPAC日本ディレクターとして活動している。
【プロの結論】
この問題を考えるうえで重要なのは、不倫疑惑の真偽と、政治家としての説明責任を別々に評価することです。
週刊誌が報じたホテル宿泊や接触状況は報道上の事実ですが、それだけで男女関係の存在が確定するわけではありません。一方、本人が疑惑を否定していても、政治家として有権者の理解を得られたかどうかは別の問題です。
2025年の国民民主党による公認内定取り消しは、過去の疑惑そのものに対する法的判断ではなく、政治的な信頼や説明のあり方をめぐる判断でした。
そして2026年現在、山尾氏は弁護士として新たな活動領域を築いています。
2017年の報道から9年が経過した今も、疑惑の核心については本人の否定と週刊誌報道が並立しています。2025年の謝罪も不倫の事実を認めたものではありません。
山尾志桜里氏の過去を正しく理解するには、報道された内容、本人の公式説明、政治的な結果、現在の活動を混同せず、それぞれを区別して捉えることが必要です。