【2026年7月2日】日本ハムの4者連続ホームランはどう生まれた?

目次

この日の試合は、序盤から予想外の展開となった。

1回表、オリックスは西川龍馬が有原航平から4号ソロを放ち、1点を先制。日本ハムは追いかける立場で初回の攻撃を迎えた。

しかし、その直後に試合の流れが一変する。

4人のホームランが生まれた順番

4者連続ホームラン



1人目:水谷瞬(1番・外野手)
同点弾

5号


1回裏・ソロ本塁打
オリックス先発・佐藤一磨のフォークをすくい上げ、左翼ブルペンへ運ぶ。先頭打者としてチームに勢いをもたらした。


2人目:水野達稀(2番・内野手)
勝ち越し弾

5号


1回裏・ソロ本塁打
佐藤のストレートを捉え、右越えへ。水谷の一発に続く勝ち越しホームランとなった。


3人目:フランミル・レイエス(3番・指名打者)
3者連続

20号


1回裏・ソロ本塁打
バックスクリーンへ豪快な一発。日本ハムの攻撃が単なる偶然ではないと思わせる、圧巻の3連発となった。


4人目:万波中正(4番・外野手)
NPB史上初達成

16号


1回裏・中越えソロ本塁打
3人の本塁打に続き、センター方向へ16号ソロ。これによって初回先頭打者からの4者連続本塁打が完成した。


4本はいずれもソロホームラン。水谷の一発で同点、水野の一発で逆転し、レイエス、万波と続いた。

パ・リーグ公式メディアの試合記事では、それぞれの打球方向や選手のコメントも紹介されている。

4人のコメントから見える連鎖の勢い

試合後のコメントも印象的だった。

水野「ジェッシー(水谷)が流れを作ってくれたので、乗っていきました!」

レイエス「タツキ(水野)が打った時点で、ホームランしか狙っていなかったよ!」

万波「ちょっと理解できないです!」

特にレイエスのコメントは、この場面の勢いをよく表している。

水谷が作った流れに水野が乗り、水野の一発を見たレイエスはホームランを意識して打席に入った。そして4番の万波が最後を締めくくった。

単に4本のホームランが並んだだけではなく、前の打者の結果が次の打者の心理にも影響した連続劇だった。

試合結果は9対1の日本ハム圧勝


2026年7月2日・エスコンフィールド

北海道日本ハム

9




オリックス

1


チーム 1回 3回 4回 5回 6回 計
オリックス 1 0 0 0 0 1
日本ハム 4 1 1 1 2 9

日本ハム15安打、オリックス8安打。観客数29,276人。試合時間2時間57分。

勝利投手は有原航平、敗戦投手は佐藤一磨。日本ハムは15安打を放ち、初回の4本塁打を含む攻撃力を見せつけた。

なお、5回には吉田賢吾も6号ソロを記録している。

【歴代記録と比較】4者連続ホームランはどれほど珍しいのか?

今回の記録の価値を理解するには、過去のプロ野球で何が起きていたのかを知る必要がある。

実は、4者連続本塁打そのものも極めて珍しい。さらに、初回の先頭打者から4人連続という条件が加わると、過去に例がなかった。

1971年の東映が記録した5者連続ホームラン

プロ野球の連続打者本塁打における最長記録は、1971年5月3日の東映フライヤーズによる5者連続本塁打だ。

現在の北海道日本ハムファイターズの前身球団である東映が、ロッテオリオンズとの試合で達成した。

舞台は東京スタジアム。東映は8回まで1対6と5点を追う展開だったが、9回に同点に追いつき、延長10回に歴史的な攻撃を見せた。

2死満塁から代打・作道烝が満塁ホームランを放つと、続く大下剛史、大橋穣、張本勲、大杉勝男も次々と本塁打を記録した。


現在も破られていないプロ野球記録

5者連続本塁打


1971年5月3日・東映対ロッテ

作道烝(代打)
大下剛史
大橋穣
張本勲
大杉勝男

試合結果:東映14-8ロッテ。延長10回表に5者連続本塁打を達成。

この記録が特に興味深いのは、口火を切った作道が、このシーズンの本塁打をこの1本しか記録していなかったことだ。

一人の打者が放った貴重な一発から、球史に残る5連発が生まれた。デイリースポーツの記録企画でも、1971年東映の5者連続がプロ野球最長記録として紹介されている。

1986年のヤクルトも4者連続本塁打を達成

もう一つ重要な前例が、1986年6月10日のヤクルト対横浜大洋戦だ。

この試合では、ヤクルトが1回1死一塁から4者連続本塁打を達成した。

打ったのは次の4選手。

- 若松勉
- レオン
- マーク・ブロハード
- 広沢克己

大洋の先発投手は木田勇。ヤクルトは若松の2ランを皮切りに、レオン、ブロハード、広沢と続けて本塁打を放った。

ヤクルト球団の公式歴史資料でも、この記録はセ・リーグタイ記録として紹介されている。

ただし、1986年の記録と2026年の記録には重要な違いがある。

1986年は初回1死一塁から始まった4連発。2026年は初回の最初の打者から始まった4連発だった。

この違いが、今回のNPB史上初という評価につながる。

3つの歴史的記録を比較

以下の表で、今回の日本ハムの記録と過去の偉業の関係を整理する。

年月日 球団・達成選手 記録の特徴 1971年5月3日 東映・作道、大下、大橋、張本、大杉 延長10回に5者連続。NPB最長記録。 1986年6月10日 ヤクルト・若松、レオン、ブロハード、広沢 初回1死一塁から4者連続。 2026年7月2日 日本ハム・水谷、水野、レイエス、万波 初回先頭打者から4者連続。NPB史上初。

重要なのは、2026年の記録が1971年の5者連続本塁打を更新したわけではないという点だ。

5者連続という最長記録は東映時代のまま残っている。一方、2026年の日本ハムは「初回先頭打者から4者連続」という新しい記録を打ち立てた。

つまり、歴代最長記録と条件付きの史上初記録は、別々に評価する必要がある。

【佐藤一磨にも注目】4者連続被弾は投手側から見ても異例

今回の試合では、打った日本ハムの4選手だけでなく、打たれたオリックスの佐藤一磨にも記録上の注目が集まった。

1イニング4被弾はプロ野球ワーストタイ

佐藤は1回裏、水谷、水野、レイエス、万波に4本連続でホームランを浴びた。

日刊スポーツの記録記事によると、1イニングに4本の本塁打を許した投手は、佐藤でプロ野球17人目。4者連続で被弾した投手としては4人目のタイ記録だった。

過去には次の投手が4者連続被弾を経験している。

- 1976年:永本裕章(広島)
- 1983年:仁科時成(ロッテ)
- 1986年:木田勇(大洋)
- 2026年:佐藤一磨(オリックス)

この数字からも、今回の出来事が打者側だけでなく、投手側から見ても異例だったことが分かる。

佐藤一磨は初回16球で降板

スポーツ報知の報道によると、佐藤はこの試合で今季初先発。西川龍馬の先制ソロでリードをもらった直後に、4連続本塁打を浴びた。

水谷には左翼方向、水野には右翼方向、レイエスと万波には中堅方向へ運ばれ、各方向に打球が飛んだ。

結果的に、佐藤は初回わずか16球で降板することになった。

ただし、この結果だけで佐藤の投手としての能力を判断するのは適切ではない。

野球では、投手が一人の打者に対して失投を重ねることもあれば、相手打線が連続して好球を捉えることもある。今回のように4人が異なる打球方向へ本塁打を放ったケースは、打者側の集中力と攻撃の連鎖という観点からも興味深い。

【記録の本当の価値】4者連続と5者連続は何が違う?

ここで整理しておきたいのが、ネット上でも混同されやすい連続本塁打の記録の数え方だ。

4者連続本塁打と5者連続本塁打

基本的に、連続打者本塁打とは、打者が続けて本塁打を記録することを指す。

今回の日本ハムの場合は、1番から4番までの打者が順番に本塁打を放った。

一方、1971年の東映は5人が連続して本塁打を記録している。

したがって、記録の関係は次のようになる。

- NPB最長記録:5者連続本塁打(1971年・東映)
- 4者連続本塁打:2026年は1986年以来40年ぶりの達成
- 初回先頭打者から4者連続:2026年7月2日がNPB史上初
- 同一球団による複数回の4者以上連続本塁打:日本ハムが前身の東映時代を含めて初

特に最後のポイントは見逃せない。

1971年に東映として5者連続を記録した球団が、55年後に北海道日本ハムファイターズとして4者連続を達成した。球団の歴史という視点でも、非常に珍しい巡り合わせだ。

4連発が生まれた背景にある打線の厚み

もう一つ注目したいのは、打順の組み方だ。

今回の4人は、1番から4番までを担う打者だった。

先頭打者が出塁するのではなく、本塁打で同点に追いつく。続く2番打者が勝ち越し、3番打者が追加点を挙げ、4番打者がさらに突き放す。

この展開は、相手投手にとって非常に厳しい。

一人を抑えても次の打者が控えている。打順が上位に進むほど長打力のある打者と対戦することになり、投手にかかる心理的な負担も大きくなる。

今回の記録は、4人の個人技だけでなく、北海道日本ハムの上位打線が持つ破壊力を象徴する出来事だった。

【4者連続ホームラン】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:プロ野球の4者連続ホームランは史上初ですか?
A1:4者連続本塁打そのものは過去にもあります。1986年のヤクルトなどが記録しています。2026年7月2日の日本ハムが達成したのは、初回先頭打者から始まる4者連続本塁打であり、この条件ではNPB史上初です。

Q2:4者連続ホームランを打った選手は誰ですか?
A2:水谷瞬、水野達稀、フランミル・レイエス、万波中正の4選手です。2026年7月2日の日本ハム対オリックス戦で、1番から4番までの順番で本塁打を放ちました。

Q3:プロ野球の連続ホームランの最多記録は何者ですか?
A3:5者連続本塁打です。1971年5月3日の東映フライヤーズ対ロッテ戦で、作道烝、大下剛史、大橋穣、張本勲、大杉勝男が達成しました。2026年時点でもNPB最長記録です。

Q4:1986年のヤクルトの4者連続ホームランとは?
A4:1986年6月10日の横浜大洋戦で、若松勉、レオン、マーク・ブロハード、広沢克己が4者連続本塁打を記録しました。初回1死一塁からの達成で、2026年の日本ハムとは開始状況が異なります。

Q5:佐藤一磨投手は何本のホームランを打たれたのですか?
A5:2026年7月2日の日本ハム戦で、1回裏に水谷、水野、レイエス、万波から4本のソロホームランを連続して浴びました。1イニング4被本塁打はプロ野球ワーストタイの記録です。

まとめ:日本ハムの4者連続ホームランは球史に残る新記録

2026年7月2日、北海道日本ハムファイターズがエスコンフィールドで達成した4者連続ホームランは、単なる大量得点の一場面ではなかった。

水谷瞬、水野達稀、フランミル・レイエス、万波中正が1番から4番まで順番に本塁打を放ち、NPB史上初となる初回先頭打者からの4者連続本塁打を実現した。

歴代記録を振り返ると、1971年の東映が5者連続という最長記録を保持し、1986年のヤクルトが4者連続を記録している。そこから40年を経て、日本ハムが新しい条件の記録を打ち立てた。

今回の快挙を評価するうえで、押さえておきたいポイントは3つだ。

1. 4者連続本塁打自体が40年ぶりの珍しい記録だったこと。
2. 初回の先頭打者から4人連続というNPB史上初の条件を満たしたこと。
3. 1971年の5者連続本塁打を記録した東映の後身である日本ハムが、再び歴史的な連続本塁打を達成したこと。

1971年の5者連続という大記録は、まだ破られていない。しかし、2026年の日本ハムは、単純に本数を競うだけではない新しい記録の価値を示した。

次に4者連続、あるいは5者連続の本塁打が生まれるのはいつなのか。今回の記録は、これからのプロ野球の歴史を振り返る際にも、必ず語られる一戦になるはずだ。